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ただ好きな音楽を聴いているだけで、その音楽に「思い出が記録」されていくということ、これは音楽の持つすばらしい特性だと思う。
――Zopeジャンキー日記 - 人生のサウンドトラック



私は浜田省吾という歌手が好きである。
正確には父親が大ファンで、したがって私にとっては生まれたときから当たり前のように聴いているので、好き嫌いの天秤にはかからない、どちらかというと空気のような存在なのだが、折に触れて色んな歌を聴きたくなることがある。熱心に貪るように聴きふけるということもないけれど、ふっつり聴かなくなるということもない。

私にとって浜省の楽曲は、生まれながらに当たり前のように流れていた(浜省の曲を熱唱している4歳の私を撮ったビデオが遺っているくらいである)が、父にとってはそうではない。父は人生のある特定のポイントで浜省に自ら「出会い」、主体的に好きになった。父は浜省のライブに恋人を誘っていき、やがて結婚することとなる(つまりこの恋人が私の母である)。父にとって浜省は一生、彼の青春そのものを代弁するほどの存在であるはずだ。父の青春には常に浜省が流れていたに違いない。
父の「好き」と、息子たる私の「好き」は、内容的には全然異なっているけれど、どちらも最高レベルの「好き」であることは言うまでもない。

私は阿部真央という歌手も好きである。
ちゃんとファンになってからまだ半年というレベルだが、多分、おそらく、この歌手は私の大学生活の思い出を「記録」する一生ものの存在になると思う。父が浜省を好きであるのと同じ意味で、私もあべまが好きである。

こうしてあべまを聴き始めて、ふと思った。
自分の青春を彩った歌手の唄を、その青春を共有した恋人との間に生まれた子供もまた聴いて、しかもその良さを理解されるというのは、どれだけ素晴らしく、感慨深いものなのだろう、と。

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「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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