なまりなつかし

私は飲食店でバイトをしており、普段はキッチンを担当しているが、たまにホールを手伝うこともある。

先日、1時間だけホールを担当させてもらった。
その日はなかなか混んで、てんやわんやな状態だった。料理提供→お会計→ご案内→オーダー→最終下げ(バッシング)、といったサイクルをバタバタしながらこなしていた。

そんな中で、とある卓のボタンが押された。
「おうかがいいたします」と言ってその卓に行くと、2人の若い女性が座っていた。
2人の関係性はよくわからない。友達かもしれないし、姉妹かもしれなかった。
2人のうち、年長であろう方の1人が注文の料理名を言った。

…あきらかな鹿児島弁である。

この独特なイントネーションは間違いない。
23区の外れに位置するこの飲食店に、同郷の女性が来店しているという事実。
そしてこの故郷の訛りを耳にした瞬間に、えもいわれぬ程の懐かしさが沁みてきて、たまらない気持ちになった。
余談だが、帰省したとき先ず何をもって「帰ってきた感」を覚えるかといえば、私にとってのそれは周囲の人間の訛りである。
諸々の感情がわき起こって、もはやオーダーを取るどころではなかった。

その卓に料理を持っていくときに、思わず「大変失礼なのですが、鹿児島県出身の方ですか?」と尋ねてみた。
彼女はやや恥ずかしそうに、「いえ、宮崎出身です」と答えてくれた。
「ああ!なるほど…私は鹿児島出身なので、その言葉遣いを聞いて思わず懐かしくなってしまって…申し訳ございません」と言うと、「イントネーションが残っちゃってたんですかね」と笑っていた。

彼女たちは旅行で来たのだろうか。
それとも新年度、こちらに移り住んできたのだろうか。


「ふるさとの訛り懐かし停車場の人ごみの中にそを聴きに行く」
と詠んだのはかの有名な石川啄木である。
ちょっとシチュエーションは違うけれど、この心情を追体験できたような心持ちがした。

ちなみにこの句を検索したとき、
「ふるさとの訛り無くせし友といてモカコーヒーはかくまで苦し」
という寺山修司の句も出てきた。初見だったが、これも良い。



高校の同級生と再会したとき、「こんなしゃべり方だったっけ?」と感じた話を前の記事に書いたが、よくよく考えたら5年半前は2人とも鹿児島弁で話していて、今は2人とも標準語で話しているのだ。
だから「こんなしゃべり方だったっけ?」と感じるのも無理はない。なんともはや。

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月日がたつと考え方などが変わっていくこれがいいのか悪いのだなんて誰もわからない

これが時代というやつかっていつの時代もいっている
何が言いたいかというと女の子かわいかったですかてききたい



女の子2人とも可愛かったよ。
常連さんになってくれないですかね-。
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