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『春の雪』メモ書き

歌留多の札の一枚がなくなってさえ、この世界の秩序には、何かとりかえしのつかない罅(ひび)が入る。
(中略)なくなった一枚の歌留多の探索が、どれほどわれわれの精力を費させ、ついには、失われた札ばかりか、歌留多そのものを、あたかも王冠の争奪のような世界の一大緊急事にしてしまうことだろう。

(中略)故意に隠されていた一枚が手もとに戻って、歌留多の札が揃ったことの、……そして歌留多は再び、ただの歌留多にすぎなくなったことの、……何とも云いようのない明晰な幸福感。

――三島由紀夫『春の雪』(新潮文庫、1977年)以下同じ。47p、49p

友が恩恵でも施すように、秘密を施してくれることは耐えがたかった。(122p)


その幾分薄目な脣にも美しいふくらみが内に隠れ、笑うたびにあらわれる歯は、シャンデリヤの光りの余波を宿し、潤んだ口のなかが清らかにかがやくのを、細いなよやかな指の連なりが来て、いつも迅速に隠した。(88p)

それは時間の結晶体の美しい断面が、角度を変えて、六年後にその至上の光彩を、ありありと目に見せたかのようだった。聡子は春の翳り(かげり)がちな日ざしの中で、ゆらめくように笑うとみると、美しい手がすばやく白く弓なりに昇ってきて、その口もとを隠した。
彼女の細身は、一つの弦楽のように鳴り響いていた。(153p)


他人の心の結果は読めても、心の反応については不敏な(173p)


こう言ったら、こうしたら、どんな風に内心感じのかってことが全く読めないのに、どんな風に感じかということについては文句なくわかりやすい、そんな人っているよなぁ。
何をすれば喜んでくれるのか、怒ってくれるのか全く見当も付かないのにもかかわらず、今現状でその人が嬉しがっているのか退屈しているのかってことについてはとっても分かりやすい。みたいな。

清顕の口を出る一語一語は、正にこういう場合にはこう言うべきだと、彼が考えていたとおりに円滑に流れ出て、何ら感情の裏附のない言葉のほうが、人を一そう感動させるという現場をありありと示した。(200p)


彼は聡子を喪った。それでよかった。そのうちにさしもの怒りさえ鎮められてきた。感情はみごとに節約され、あたかも火を点ぜられていたために、明るく賑やかである代りに、身は熱蠟(ねつろう)になって融かされていた蠟燭が、火を吹き消されて、闇の中に孤立している代りに、もう何ら身を蝕む惧れ(おそれ)がなくなった状態と似ていた。彼は孤独が休息だとはじめて知った。(204p)

※同じページに「みかきもり~」の一首が登場する。

若者が遊惰な風俗や歌舞音曲を通じて、ただ若い柔らかい感性に愬え(うったえ)る口当りのよいものだけをとり入れて、それに同化してしまう危険に比べれば(245p)


海はすぐそこで終る。これほど遍満した海、これほど力にあふれた海が、すぐ目の前でおわるのだ。時間にとっても、空間にとっても、境界に立っていることほど、神秘な感じのするものはない。海と陸とのこれほど壮大な境界に身を置く思いは、あたかも一つの時代から一つの時代へ移る、巨きな歴史的瞬間に立会っているような気がするではないか。(272p)


今日の涙を見ても、聡子の心が清顕のものであることは明らかだったが、同時に、心の通い合うだけでは、もう何の力にもならぬことがはっきりしたのだ。
今彼が抱いているのは本物の感情だった。それは彼がかつて想像していたあらゆる恋の感情と比べても、粗雑で、趣きがなく、荒れ果てて、真黒な、およそ都雅からは遠い感情だった。どうしても和歌になりそうではなかった。彼がこんなに、原料の醜さをわがものにしたのははじめてだった。(337p)


そしてその儀式の速度には、一滴々々疲労がしたたって積るような、胸苦しい喜びの緩さ(のろさ)があった。(382p)


聡子が一言も言葉を発することができないこんな状況へ、彼女を追いつめたのは清顕だったのだ。年上らしい訓誡めいた言葉を洩らすゆとりもなく、ただ無言で泣いているほかはない今の聡子ほど、彼にとって望ましい姿の聡子はなかった。
しかもそれは襲(かさね)の色目に云う白藤の着物を着た豪奢な狩の獲物であるばかりではなく、禁忌としての、絶対の不可能としての、絶対の拒否としての、無双の美しさを湛(たた)えていた。聡子は正にこうあらねばならなかった!そしてこのような形を、たえず裏切りつづけて彼をおびやかして来たのは、聡子自身だったのだ。見るがいい。彼女はなろうと思えばこれほど神聖な、美しい禁忌になれるというのに、自ら好んで、いつも相手をいたわりながら軽んずる、いつわりの姉の役を演じつづけていたのだ。(229p-230p)



一年経ってなお揺るぎなく、間然するところがない。
そういえばこの小説を一年ぶりに読み終えたその日の夜、偶然にも雪が降って、「灰のように漂っ」ていた。

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