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「憎めばそれだけ学ぶ」

嫌いなものや人間を見ると、どうしても「なぜ嫌いか」を分析してしまう。

自分がそれを嫌いであることを無意識に正当化しようとしてそうなってしまうのだろうが、最近論理的に突き詰めて考えていくにつれて、どうしても「認めないといけない領域」があることに気付いた。

つまり嫌いなもののうちにも、共感できるというか正しいと思うところ・領域が必ずある。
感情が先走ればそこを無視すれば良いのだろうが、感情を押し殺せばそういう領域が見えてくる。

それによって「嫌いであること」はより堅牢に正当化される。

逆に考えれば心のどこかで、嫌ってはならない場所が嫌いな事象にはある、ということなのではないだろうか。
そこに後ろめたさを感じて、嫌いという感情にとらわれ、解析してみたくなるのだろう。

当たり前すぎることだけど、絶対悪も無ければ絶対善も存在しない。


しかし、こういう癖をつけることで、嫌いという感情に「より正当に」折り合いをつけられることは凄く助かることだと思う。
自信をもって嫌いになれることで、嫌いという感情は格段に軽くなるだろう。ということ。

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「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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