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疑惑の軍配

昨日もバイトに行く前に相撲を見ていたのだが、夏場所3日目の琴欧洲-豊響戦において実に微妙な軍配があった。
琴欧洲は上手をがっちり引いて、土俵際までみるみる寄っていったのだが、対する豊響が土俵際で下手投げを打ち返す。互いの体はほぼ同時に土俵へ落ち、軍配は豊響にあがった。

この日は2連続で物言いからの行司差し違えという取組があった珍しい日だったのだが、行司という存在は必ずどちらかに軍配を上げなければならない。どんなに微妙であれ、行司には「同体とみて取り直し」という判断を下す権限はない。そういうときには土俵の下にいる5人の「審判部」という元力士たちが「物言い」をつけ土俵に上がり、直前の取組について議論する(土俵だまりに控えている力士が手を挙げることも出来るが、そういう光景は滅多に見られない)。現在はビデオカメラで見た情報をどこかから電波で送ってもらっているようだが、昔は文字通り侃々諤々、行司と勝負審判が言い合っていた。

しかしこの一番では物言いが付かなかった。

NHKの実況解説共々首を傾ぎ、VTRを見ても本当に微妙であった。
軍配は豊響に上がったのだが、むしろどちらかといえば豊響の腕が俵に突くのが早いようにも見える。

結局場内は騒然としたまま、物言いは付かず、琴欧洲は一瞬土俵に立ち尽くしてしまっていた。


琴欧洲がもっと明朗な勝ち方をすれば良かった、あそこまで攻めておきながら自分がすってんころりんと転ぶのが悪い、という意見もあるようだ。それはそれで間違ってはいないかもしれない。
だが勝負結果がどうあれ、ああいう微妙な一番には物言いがついてしかるべきだ。つくべきだった。

琴欧洲が本来は勝っていたのに、という意味で言うのではなく、微妙な一番を論じるには物言いをもって臨むしかないはずだ、ということを言いたいのだ。

では僕は勝負審判の怠慢を非難しているのかというと、実はそういうわけでもなかったりする。

あれは100%物言いがつく取組である。そこで物言いがつかなかった。それは何故か?ということに興味があるのだ。面倒臭かった?違うだろう。なにか合理的な理由があったはずである。
一般的に、比較的オフィシャルな場面に於いて「一見おかしいな」と思うことに対しては精神的な理由をもって結果が語られることが多いが、これは甚だ不用意な議論であると思う。彼ら自身は確実に精神的な都合を言い訳にするが、その実、何か合理的で明確な動機付けというものがあるものだ。

とはいえ、僕みたいな一介の相撲ファンが何を探れるというのだろうか、って感じだけれども。


僕自身が最も「そうだろうな」と思った2ちゃんねるのレスとしては、豊響の師匠である境川が審判の一人だった為に物言いの手が上がらなかった、という説だ。
>鏡山が審判長、東に高田川、西に境川、時計が東関、白房下が高島
その取組時の勝負審判構成はこうなっていた。

境川(元小結・両国)はまるでインテリ893のような風貌をしているからな…

根拠に乏しすぎるけれど、まぁこれなのかな?と思う。
いずれにせよ微妙な取組には物言いがつくべきだ。客も喜ぶし、勝負結果もより明確になる。


今回は相撲は見に行かない、と宣言していたけれど、やっぱりフラッと行ってみようかなと思う。
なんの為に東京に住んでいるんだ、とふと思ったので。





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