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誕生日の贈り物

あと3日ほどで父の誕生日が訪れる。
誕生日となると決まっていつも、どんな贈り物をすべきか迷う。


たとえばお酒関係で考えるなら、ビアマグとかいいかなぁと思ったりしたけど、それは父の日に贈ってるし…

健康グッズとか本とかも違う気がするし。
タバコ関連のも充分という感じがするし。

「タバコは健康に悪いものである。だから、タバコ関連の贈り物をすることは愚かだ」
という言説も溢れてるようで。
でもそれは見方が平面的すぎますね。タバコは絶対悪だと思い込んでいる方が多いと言うことは、ある意味で禁煙奨励教育はそこそこの成功を収めていると言えるでしょう(笑)


しかし、こうやってプレゼントを何にしようか思いを馳せているうちに気付く。
「誕生日を祝うということは、かくあるべきだ」と。


相手の欲しいものを買う、相手の需要に即して贈り物を考える
…という要素もある程度は必要でしょうけど、それ一辺倒というのは一種の「逃げ」かと思う。
だって本当に当人にとって欲しいものは本人が既に買っているから。

おそらく誕生日を祝って貰う側としては、欲しいモノを与えて貰えるとは最初から期待していないんだ。


つまり誕生日会は相手の欲しいモノを買い与える儀式ではない、ということなのかなと。

であるから、送り手側が必死になってプレゼントを考えなければならない。
お金をぽんと与えるというのは(それは親→子しか普通はありえないけど)、やはり淋しいものなんじゃないのかな。それで喜ぶようだったらそれまでの関係だってことですけど。


で、当の父親はかつてこんなことを言っていた。
「プレゼントそのものよりも、気持ちが大事だ」と。

個人的には頭で理解しつつも、どこかでそれを安いプレゼントを選ぶ際の方便にしてはならないと思っていたけど、今となってはまさにその通りだと確信しています。


気持ちのこもってない、ただ欲しかっただけの商品を贈られるよりも
贈り手側が悩みに悩み抜いた末のプレゼントの方が実はありがたがってくれる、くれてたのかもしれない。


相手の需要に即した何かを贈るのは、もらい手が小学生以下である場合だけでしょう。
重ねて言うとその要素も一定は必要ですが。


…と、言うわけで今、絶賛悩みの渦に巻き込まれております。
「相手と自分の仲を象徴するようになるようなもの」が理想だよなと思いつつ、なかなかそういうものは無いわけで。
やっぱりグラス関係かなぁとか。コップ系はいいよね。使うつど思い出されるし。日常品と飾り物的要素を兼ね備えてるというのもいいかもしれない。

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「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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