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初の歴史

3日、12時間ほど雀荘にいって麻雀を打ってきました。
メンツは高校の友達、大学の友達、そしてネットで知り合った名古屋の友達です。

結果から言えば尻の穴の毛をむしられるほどの大敗を喫した訳ですが、それでもとても楽しかったです。

始め2,3局くらいは何が何だかという感じで場が進んでしまいました。
僕は本当に気分屋というか、「慣れてない場」においては本当にダメな人間なのです。
3度も少牌を犯すというカスっぷり

リア麻とネト麻の違いはたくさんあるけれど、個人的に強く感じたのは

・鳴くのが難しい
・ドラ見忘れ
・危険牌を切り出すときの怖さ
・流れの存在


でしょうか。
最後の流れ云々は、ただ単にそう思ってしまうだけなのでしょうけれど、それでもうっかり信じてしまいますね。
何だろう上手く言えない。

しかし、リア麻はネト麻よりも奇なりというか、ありえないレア役を上がられたりとか、鬼のようなツモとか、なんだかそういう状況を見ると「ネット麻雀の牌操作」なんてより一層馬鹿馬鹿しい説のように思えます。

多分「牌操作論者」は、前提として「誰にでも同じように機会が均等に与えられる」というのがあって(そこに時間という概念の無いことが問題なのですが)、一時の偏りを目の当たりにしたとき、ネットの向こう側が見えないが為に、「牌操作」という結論に逃げてしまうのでしょう。

リアル麻雀なら4人が誰でも均等にあがれる、などということは当然無く。

無論その前提、つまり「誰にでも同じように機会が均等に与えられる」というのは間違っていません。
誰だって役満を上がる機会は絶対にあるし、あり得ないほど振り込んでしまう機会だって絶対にあります。
ただそれは、時間を重ねれば重ねるほど真理に漸近するってだけの話であって、1局とか10局とか100局とか、そういう限られた"時間"の中においてはむしろ、全くといっていいほど真理たりえないのです。

だから負けるときは本当にびっくりするくらい負ける。逆もまたそうです。

そういう確率的偏りに直面したとき、ネト麻の経験しかないと、牌操作がなされているんだという甘えたことを言ってしまうのでしょう。

こんなえらそうなことを言っている僕でも、圧倒的にネト麻の経験が「麻雀」の比重を占めているわけですけどね。リアル麻雀でも神ヅモは普通に起こります。


ただ、前時代的な麻雀ゲームにおいては、COMが天和大四喜を普通に上がるとかそういうこともあったみたいですね。流石にそういう状況に直面してさえ同じことを主張することはできませんw


***


この日もう1つ意義深かった出来事は、「ネットで知り合った友達(オン友って言うんですか)」と初めて実際に会った、ということです。

会う前は緊張しましたがイメージと変わらず気さくに話せる方でした。
そして麻雀が鬼のように強かったです。
理牌の速さやら牌の切り方やらツモ上がり方やら、色んなところが格好良い。
麻雀が好きで好きでしょうがないんだなぁと思いました。

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