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stable

一番良い生き方というのは、適度に束縛される生き方だ。
なぜなら極度の自由はそぞろな不安を生むし(浪人時代、全てをサボっていた経験からそう考える)、極度に束縛された人生は単純に辛いからである。

極度に自由な生き方とは、つまり「義務」というもの一切に縛られない生き方である。
ゆえに彼の人生は何によっても規定されないし、それがゆえに自らの手で自らの人生を規定しなければならない。
言葉遊び的に言えば、「規定しない」という規定である。

「自分で自分の人生を決める」
これは往々にしてよく目にする、または耳にするフレーズであるが、留意してほしい、これはすごく新しいタイプの生き方である。
もともと自分の人生というものは自分のものではなかった。
日本でいえば、人生は「先祖-子孫」、つまり家系という大脈に所有されるものであった。

生き方の法則というのはしばしば理系的である。
ここでもその考え方が応用できる。すなわち人生というものは原子と同じで、常に安定を求めている。
人生が家系に位置づけられていた時代には、それなりに人生は安定状態であっただろう。
(ここでいう安定度とは、「自分の生き方を考えていく必要の無さ度」とでもいえるだろうか)

それはつまらないだろうか?それは個々人で違うだろう。

自由化の時代にあって、人生は「自由」となった。
実際に自由であるかどうかは別として、少なくとも「人生とは自由であるべきだ」という考え方が主流となったことは確かだ。
自由であるということはすなわち不安定であるということである。

なぜ人は組織に属するのだろうか?
なぜ宗教というものが存在しているのだろうか?

人は知らず知らずのうちに安定する方向へ向かう。
これは絶対の真理であると自分は考えている。
不安定に向かっていると見える人間ですら、安定に向かっているのだ。
つまり不安定を求めることで心が安定するのである。

であるから、何にも依らず、つまり家系や宗教や組織、その他の規定要因に全く頼らず、自分の意志で人生を規定(束縛)するというのは極めて難しいことである。
それはおよそ安定した人生からはかけ離れているが、しかしそれが最も強い生き方である。

自分の心の中に、人生を安定させる何かを生み出す。
それを想像しただけで、何かしら詩的で爆発的なエネルギーが想起される。

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「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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