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自己紹介って難しい

beのプロフィールを気まぐれで変えようとか思ったりしたときや、他人のmixiやtwitterの自己紹介欄を見るたびにそう思う。

一番オーソドックスな自己紹介形式は、自分の趣味を並べ立てるというやり方だろう。
もし自分がそういう風に自己を提示し紹介するならば、こんな感じになる

相撲(観戦)/浜田省吾/RYTHEM/KOTOKO/東方/クイズマジックアカデミー/麻雀/ARIA/ローゼンメイデン

で、趣味を同じくする人々が集ってくるというわけだ。

自分がこの形式を選ばない理由は2つある。
一つは、別に自分自身は趣味を同じくする人とつながりたいわけでは無いからであり、もう一つは、これら要素だけで自分を説明するというのは何か違う気がするからだ。

しかしながら、言うまでもなく「自分を説明する」という行為は多分に哲学的であって、文章という「不完全な器」で自分を説明するというのは極端に難しくしかも不毛ですらある。
なぜならば、文章を10万字費やしたとしても、一目会ったほうがその人は自分についてより理解してくれるだろうし、もし文章で自分を説明できたとしても、それが他人にあまねく伝わり、しかも理解されるということは到底起こりえそうにないからである。

自己紹介の本質とは、「それを見るのが誰か」と、「自分が主張したいことは何か」という2つの点にある。
そこへいくとネットで自分を紹介するというのはかなり難しい行為であろう。ネットではもちろん顔も知らない人たちに自分を伝えなければならない、つまり「それを見るのが誰か」という問いに対しいくつもの答えが思い浮かぶものだからだ。

ネットで自分を説明するというのは考えれば考えるほど難しく思えてくる。
なぜなら、ネットでの「わたし」は文字を身体とする概念的存在だからである。
これは自分が今考え続けているとある問題についての重要な考え方の一つなので、のちのちまた繰り返されることになるかもしれない。
概念的存在である以上、ある意味全てが「中身で勝負」のはずなのに、実際はそうならないのが面白い。

そもそも自己紹介というものは、他人にとっての自分を自分で紹介するという行為であって、本来は他人にとっての自分なんて他人が勝手に理解していくはずである。
つまり自己紹介というのは他人のその行為をアシストする、いわば「つかみ・とっかかり」、まさにintroductionでしかない。
ということは自己紹介というのは、人間関係におけるさわりの部分でしか効果のない、大して重要でもない営みということか。そうかそうか

ともあれ、自己紹介で現実の(現実とネットとを2分する考え方は好きじゃないけど)情報を混ぜるのは違うなーとも思うし、名言によって自分の重要視していることを示唆するのも、なんかそれは思考停止だと思うしそもそもとっつきづらいと思うし

自己紹介っていうのは、つまり自分のための行為なんだな、うん

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「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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