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玻璃の心

「親友はずっと親友でしょ、ね」
私は肉を焼く手を止めて、突然いつもの思索の穴に放り込まれてしまった。
ええと、ここで思い出すべき言葉は何だったっけ?とにもかくにも、その言葉によって呼び起こされた感情を考えることを留保して、私は肉を焼いて、彼女と会話を続ける必要があった。その為のマントラなんてあったかな。「誰もお前のこと見てないよ」?違う。そうこうしているうちに、心の出力が途端に下がっていく。何でこんなことしてるんだろう?もう会わなくてもいいかもな。そんなことを一瞬でも考えている自分にまたびびる。

現状、異性として好きかどうかという判断はさておき、かつては自明に成立していたこの友情も、今となっては必死こいてギリギリのところでバランスが保たれているような、そんな危ない関係性になってしまったことを、少なくとも私は感じていた。相手はどう感じているかはわからない。抜群の洞察力と掌握力を兼ね備えている彼女のことだから、もしかしたら私の気持ちの変化を(もしくは変化の兆しを)、敏感に感じ取って、先手を打って境界線を巧妙に引いていってるのかもしれない。でもおそらくは、さすがの彼女でも、いわゆる「男女間の友情」を無垢に信じているという可能性の方が高い気がする。わからない。この人のことは、知れば知るほど分からなくなる。

先のフレーズは、しかし全然違う文脈から出てきたものである。「恋人と違って親友はずっと親友でいられるから、私たちの関係はずっと続くよね」という極めてポジティブな意味合いだったことは頭ではわかっている。そのときもわかった。わかったのに、「え、どういう意味だ?」と、心は思ったという事実が、とても大きい。それは君の定義じゃないか。それは君が勝手に引いた境界線じゃないか。

「互いに異性としての魅力は感じないけど、人間としての魅力は感じる」みたいなものが共通理解としてあるから、この男女間の友情は自明に必然に成立する――という考え方は、確かに昔はあった。名実ともに、互いの人生の中でも稀有な友情であることに間違いはない。でもどうやら、その前提となっている考えには実は色んな瑕疵があるんじゃないかということに気付き始めたのは最近のことである。そのとき彼女には彼氏がいて、私には好きな人がいたから、「偶然に」そういう形式を(私は)選ばざるをえなかったのではないだろうか?彼女は喜んでこの形式を選んだのに対して、私は仕方なくこの形式を選んだのではないだろうか?

友情と恋愛感情とを、人は実に見事に、仕分けられるものだよな。私には全然無理だ。友情と恋愛感情はいつだって溶け合っている。親友のことを好きになることだって全然ありえることだ。でもどうやら、世間的にはその考えは少数派みたいだし、彼女にとっては全くそぐわない類の考え方みたいだ。色んなことを同じように感じていたように見えて、実はこんなに互いを勘違いしていたんだなというのは、もはや畏怖の領域である。

私がこのもやもやした気持ちを、もっと確たるものに昇華させないように必死で我慢しているのに、という気持ちはやっぱり無視できない。少しはこの気持ちの存在を認めてあげないといけない。私が今こうして傷ついているのは正しいと、私は認めてあげなくてはいけない。こうして怒っているのは正しいことだと。自然なことだと。

ああ。さっき唱えるべきマントラは、「自分の気持ちも大事にする」なんだ、と思った。
大事にするというのは、決してその気持ちに基づいて行動するということを意味しない。「自分が今こうして感じていることは、普通のことなんだ」って、相手や世間じゃなくて他ならぬ自分が認めてあげること。お前はおかしくないよ。そうしてわだかまりは溶けていく。

焼肉を食べて、映画を見て、家まで送って、いつものように素敵な時間だった。翌日は彼女の誕生日だったので、ちょっとしたプレゼントを渡した。きっとこの関係は、気持ち的にも構造的にも(互いの社会的地位の変化によって、物理的に会える時間が作れなくなるという意味)、思うほど永くは続かないだろうという予感が私にはある。だからこそ、私はどうしても今回の彼女の誕生日を祝いたかった。誕生日は嬉しい日であるべきだけど、その実、寂しい日であることのほうが多い。次に祝えるという保障はどこにもない。誕生日を祝うというのは友達と恋人とではどんな違いを作るべきかとか考えずに、どう思われるかなんてもう知らない、見返りなんかもらえなくてもいい、私は祝いたいから祝うんだという感じだった。
でも案外、世の中の「男女間の友情」なんてものは、こんな風にして成り立っているように見えるんだろうなという感じがする。

素直に自分の気持ちも認めてあげて、誕生日も祝えて、そのときの雰囲気も壊すことがなくて、今回の私はよくやったなと思う。この関係と、この日感じたことを糧にして、私はしっかり大人になっていきたい。

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「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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