こぎいでな

私が小学生の時分、数年間だけ過ごした島に旅行してきた。
そこで生まれたわけでも、長い年月を過ごしたわけでもないのに、そこを訪れるのは「旅行」というよりもむしろ「帰省」という感覚がぴったりくる。

私がよく遊んでいた公園の遊具は、長年の風雨でだいぶ朽ちていたが、それでもまだ撤去されずに残されていた。今も近くの子どもたちが遊んだりしているのだろう。島を離れて20年弱になろうとしているが、私が島を出て、そして上京して、帰ってきて…という感じで生きてきたその間じゅうずっと変わらず「ここにあった」というのが、びっくりするほど不思議な気がした。
この島の遊具や、まばらな集落や人、そして鄙びた海や空がずっと私の帰りを予感していたかのようにそこにあって、細かな記憶の粒が甦ってくるような心地がする。これは本当に不思議だった。

そんな感覚の名残と、帰りしな同窓生が船の中で見せた寂しそうな背中とが、私に忘れがたい余韻を残させたのであった。

眠らない

新しくバイトを始めた。コンビニの夜勤である。
色々覚えることも多くてなかなか大変だが、試験勉強と並行しての夜勤ということで、それなりに日常生活に適度の緊張感が戻ってきて精神的に張っている。良いことだ。
試験に合格するにしても、不合格にしても、1年を目途としてお金を貯めて、再び東京で暮らすことが出来たらいいなぁというのが今のところの願望である。

今日はまだ数回目といったところだが、2時の雨上がり後の涼しい空気を感じながら帰るのはなんとも清々しくて良かった。でも、つい数ヶ月まで続けていたバイトのことを忘れたくなくて、従業員番号のパスワード4桁を前のバイトの従業員番号にしたのが我ながら可笑しかった。

自動車学校の方は、仮免をようやっと取ることが出来た。
車の運転は本当に難しい。そして怖い。でも今のところ全然楽しくないのにもかかわらず、自分はいつか運転にすっぽりはまっちゃうだろうなという謎の重力みたいなものを感じる。
色々慣れないことばかりで疲労感もあるけれど、とりあえずは試験勉強メインで詰めていかなければなぁと思います。

夜の女王

・自己否定・自己不信の正体
①理性が感情に劣後
②年齢相応の社会的身分・経験の不足

・「弱者に対して強い」の心理について。
「弱者を見下したい」のではなくて、「強者を見上げたい」のではないか?
彼にとっての好意が尊敬によって構成されていると考えれば、尊敬できない相手には好意を施す根拠がない。逆にいえば、一旦相手を尊敬できる人だと見なせば、その相手に対しての従順具合も極端に高くなる。でも一般的にはそうじゃないんだよね、尊敬できない相手を好きになることもあれば、尊敬できるけど好きにはなれないというのがありえるのが普通なのだろう。こういう手合いの人間が、SとMを兼ね備えているようにみえるのはそういう理由が潜んでいるのかもしれない。
誤解されがちなように、打算で動いている…というわけじゃなくて、実は素直な感情で動いているだけであり、ただ当人にとっての「素直な感情」の構成要因が他者とは違っているというだけの話。

・性格が悪いことそれ自体よりも、その良し悪しについての自認と実体との乖離が甚だしい方が現実的には対応に困るのではないか。
自分の性格の悪さを自認していったほうが、長期的には安定するのかもしれない。凄く優しいときと凄く冷たいときがあるよりは、一貫して冷たい方が安心できるかも。

せをはやみ

自己否定感の正体は「感情が理性に優先する」、あるいは「感情が理想とするものと、理性が理想とするものとの乖離」なのではないかと思い、いつものようにぐるぐる考えていたけれどやっぱり上手くまとまらなかった。この堂々巡りを打破しようという明確な意図があったわけではないけれど、ためしに「感情 理想」で検索をかけてみたら、偶然にも同じ問題を考えている人のブログに出会った。
私が抱えているより少し程度が甚だしくて、私より少し多くの年月を生きている人だった。そしてとても質量のある文章だった。

これは蛇足だが、私が驚いたのはこのブログの別の記事を、全く別の経路で数日前に偶然目にしていたことである。こんなこともあるんだなぁ。
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みかきもり

Author:みかきもり
みかきもり/翠凜/りぬす

「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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