走れ!

大学1年生のころ、『あの花』の特典ポスターがTSUTAYAで手に入るとの噂を聞いて、まだよく知らなかった(そして、今もよく知らない)東京の街をひたすらチャリで巡りながら近隣のTSUTAYAに手当たり次第入っていってポスターを探したという経験があるのだが、そのとき汗だくになりながら上高井戸陸橋のローソンで買って食べたパンケーキは、口に入れた瞬間から、朝から何も飲まず食わずで運動し続けて疲弊していた身体に沁みていき、本当に、心の底から、この世にはこんなにおいしい食べ物があるんだなと思った。

2014年名古屋場所

白鵬が30回目の優勝。ついに大鵬の32回が完全に射程に入った。
前と比べて身体がちょっと萎んでる気がしたのだが、そんなことはなかったようだ。
個人的には、琴奨菊が3敗になってから、10年以上相撲を見続けてまだ観たことのないイベントの1つである巴戦、そして日本人力士の優勝を淡く期待したのだが、結びで白鵬がキレッキレの上手出し投げで日馬富士に勝利。いざというときのこの切れまくりの投げは、いつみても興奮する。

逸ノ城、照ノ富士も勝ち越し。この2人の少なくともどちらかは横綱になると思う。
それくらい見ててわくわくする。モンゴルの時代はまだまだ終わりそうもない。

『マレフィセント』

『マレフィセント』観てきた。
この作品に興味があったというよりは、映画館のキャラメルポップコーンが食べたかったというのが大きく、あらすじや結末も全部後輩から聞いて知っていた上に、前提となる『眠れる森の美女』も観たことない(あったとしても忘れてる)のだが、それでも楽しかった。マレフィセント格好いい。杖欲しい。
核心のシーンはどことなく『アナと雪の女王』に似てた。最近はこういう方向性の主張が多いのかなと感じた。

よるほ

昔は、夜通し起きているのが途轍もなく特別なことだった。
(年齢的な意味で)子供だったから、たとえばW杯日本代表の試合だとか、夏休みの宿題が終わってない時だとか、そういう状況でしか夜更けまで起きているなんてことは許されなかった。
だからこそ、そういうときに見ていた「映像散歩」とか、深夜の国道を走る車のエンジン音とかは、なんだか特殊な魅力に溢れていた。

それから幾年も過ぎて、なんの理由もないのに徹夜することがとても多くなった。
徹夜することは今でも好きだ。照明を落とした暗い部屋の中で、twitterやtumblrに断片的に流れているテキストを目で追ってみたり、いつの間にか聴かなくなってiPhoneに眠っている曲を漁って久しぶりに聴き浸ってみたり、テレビのフィラー映像を漫然と眺めてみたり。

でも、色々な意味で、特別なことではなくなった。
日が昇るまで起きていることは珍しいことではなくなったという意味でも、そこに非日常感が喪われたという意味でも。

そして、陽が律儀に昇ってくるたび、「私にとって夜というものは昔は永遠のものに思えたのに、こんなにも早く終わってしまうんだな」というごくごく当たり前の事実を再確認させられる。
夜通し起き続けていることが、「ずっと」という幻想に浸って安心していられる数少ない機会の1つだったというのに。

短く、簡潔に

どんなにジリ貧の状況であっても、絶対に一発逆転の手を選ばないこと。
一発逆転の手はほとんどが負け確定の手になる。
ジリ貧だと感じたら、負けるタイミングを遅らせる手を打って凌ぐことで、なんとか状況が変わるのを待つ。

媒体

ただ好きな音楽を聴いているだけで、その音楽に「思い出が記録」されていくということ、これは音楽の持つすばらしい特性だと思う。
――Zopeジャンキー日記 - 人生のサウンドトラック



私は浜田省吾という歌手が好きである。
正確には父親が大ファンで、したがって私にとっては生まれたときから当たり前のように聴いているので、好き嫌いの天秤にはかからない、どちらかというと空気のような存在なのだが、折に触れて色んな歌を聴きたくなることがある。熱心に貪るように聴きふけるということもないけれど、ふっつり聴かなくなるということもない。

私にとって浜省の楽曲は、生まれながらに当たり前のように流れていた(浜省の曲を熱唱している4歳の私を撮ったビデオが遺っているくらいである)が、父にとってはそうではない。父は人生のある特定のポイントで浜省に自ら「出会い」、主体的に好きになった。父は浜省のライブに恋人を誘っていき、やがて結婚することとなる(つまりこの恋人が私の母である)。父にとって浜省は一生、彼の青春そのものを代弁するほどの存在であるはずだ。父の青春には常に浜省が流れていたに違いない。
父の「好き」と、息子たる私の「好き」は、内容的には全然異なっているけれど、どちらも最高レベルの「好き」であることは言うまでもない。

私は阿部真央という歌手も好きである。
ちゃんとファンになってからまだ半年というレベルだが、多分、おそらく、この歌手は私の大学生活の思い出を「記録」する一生ものの存在になると思う。父が浜省を好きであるのと同じ意味で、私もあべまが好きである。

こうしてあべまを聴き始めて、ふと思った。
自分の青春を彩った歌手の唄を、その青春を共有した恋人との間に生まれた子供もまた聴いて、しかもその良さを理解されるというのは、どれだけ素晴らしく、感慨深いものなのだろう、と。

台風

台風8号がヤバイらしいとのことで。

こうして夜通しNHKで台風関連のニュースをやっているのを、ぼーっとしながら延々眺めているのは結構落ち着く。
なんとなく、夏が来るんだなぁという感じがするのも良いし、昔は鹿児島に住んでいて台風関連の情報はそのまま学校の休みに直結するという、そういうワクワク感も懐かしみとともに思い出される気がするのも良い。

僕のギター

スピッツの「僕のギター」という曲が好きだ。今もこの歌を聴きながらこれを書いている。

私は小6のころからギターを趣味にしている。父親が昔バンドをやっていた影響もあって始めた。
それから10年以上も経っているけれど、あまり上手くはなっていない。

大学生でいられる期間の内に技術を磨きたいと思っていたけれど、気が付いたらもう4年の半ばである。
別にギターをがっちがちに練習して上手くなりたいという欲求はないのだが、たとえば某動画サイトで上手い人の演奏を聴くと、やっぱこんな風に弾けるのは楽しそうだし、こんな風に弾けたらなぁとしばしば夢想する。

ギターに限らず、一般論として、何かを本気でやろうとするならば、必ずそこには面倒臭いルールが発生するし、それに付き合っていかなければならない。ただ「好き」なだけでは本物の上手さを手に入れることはできない。でも私はギターのことをただ単に好きでありたかったし、それ以上の関係性を望んではいない。本物の愛情ではないけれど、私はそれでいいと思っている。いや、本当にそうだろうか?本当はもっともっと練習して、より上手くなりたいと思っているのではないか?向上することの垂涎の喜びをギターを通して味わっていきたかったのではないだろうか?…


そういえば、私がギターを覚え始めた頃はコード譜なんてものは本屋に行って買うのが当たり前だったし、コード譜が出てないような歌手の曲は耳コピしなければならなかった。チューナーもそこそこ値段が張るし、上手い人が近くにいなければ基本的な弾き方も練習できなかった。
それがいつしか、コード譜は今やググればいっぱい出てくるし、チューナーはスマホのアプリで代用できるし、上手い人の演奏なんてyoutubeとかで何度でも観ることが出来る。多分こういう環境下では、ギターを触っている人の平均的な技術が底上げされているのだろうなという気がする。便利な時代になったものだ。

蛾眉

妹が七夕の日に誕生日を迎えます。多分、21歳になります。
多分じゃないですね。21歳になります。私は学生ですが、妹はもう社会人です。

私の誕生日にはネクタイピンを贈っていただいたので、こちらも何か奮発して喜ばれるものを贈りたいなぁと考え、スワロフスキーのボールペンを買うことにしました。
値段的には比較的にお手頃ですが、なにぶん新宿の路面店に突っ込んでいくのは場違いな感じで、少々買いづらい。伊勢丹にも店舗はあるけど、そっちはもっと無理。そう考えてちょっと躊躇していたのですが、こういう時に積極的に見知らぬ店に入らないから自分はダメなのだと思い直し、さもこういう場所は超慣れてますよ感を出しながら入店しました。店員にはばれていたでしょうけど。

それでボールペンは無事に買えたのですが、何故か紙袋の中にまた紙袋がある。
なんでだ、とくに意味はないのかなと思いつつも知り合いに聞いてみたら、「持ち帰るときの紙袋はぐちゃぐちゃになるから、相手に渡すときに改めて新しい紙袋にプレゼントを入れるのだ」とのこと。感動しました。知らなかった。

「4歳差」というのは、確かに10代のころは厳然たる差ではありましたが、私は24、妹は21となり、精神年齢的にはもう全く変わらないと言ってよいでしょう。互いが互いに、大人として色んなことを相談できるという関係性は我ながら誇るべきことでしょう。特に今の自分にとって、20前後の女性が何を考えているのかということは、本当に参考になります。昔は喧嘩ばかりしていたけどなぁ…。

直接喜ぶ顔を見ることは出来ませんが、たまには兄らしいことをしてみるのも良いだろうと思います。


***

今日雨の降りしきる中で街を走っていたら、口の中に蛾が入ってきました。
少なくとも美味しくはなかったです。

おこられかた

最近バイト先で新しく入ってきた人を教えているのだが、つくづく怒られ方が下手くそだなと感じる。
怒られ方、というと仰々しいかもしれない。「指摘され方」が上手くないのである。

たとえば、「ナスをフライパンに入れる数は6じゃなくて8だよ」と言ったとき、彼は「いつもは8で入れてるのに今回だけ間違ってしまいました」とか、「覚えてた数と違ってました」とか、とにかく自分は努力を尽くしているということをアピールしてくる。

私は何も答えずにスルーする。
かりそめにも研修中の身であり、ずばぬけた才能を持っているわけでもないのに、無いはずのプライドを保とうとしてくる。
私は別に君の何かを傷つけようとしているわけではないし、君の何かが傷ついたとしても私にとってはどうでもよいことなのだ。「すみません、知りませんでした」で充分ではないか。てか「はい」で良い。いちいちうるさい。謙虚なふりをしてプライドは高いんだろ?だから本当に自分に非がある時には謝れないだろ?

こうして考えてみると、私も研修中の頃は何かと言い訳(未遂)のようなことを言っていたよなぁ、と思う。
怒られ方、指摘され方が下手くそだと、教える立場にある人の態度は全然異なってくるのだという重要な事実を、立場がかわって初めて実感した。私に色々なことを教えてくれた人は、きっと内心では苦虫をかみつぶしたような思いをしていたのだろう。

そういうところが私に似ているから、ことさら鼻につくのだろうな。
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みかきもり

Author:みかきもり

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