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2つの月

平成19年5月9日の日記

…でも一貫して「好きな人」に通じているのは、――といってもみんなにあるんだろうけど――心の中で、どこか孤立した(孤独ではなく)感覚?観念?を持ち合わせているということだろう。どこかで溶け合えない。90%、みんなと一緒の考えを持ち、とけこんでいるが、ある一面では、到底相容れない何かがある。ぼくの場合、好きな人みんなに見出してきたし、それを「解いて」みたいという感覚をもったものだ。その虚しさを、好きな人と共有できたら、それも最高の関係だろう。…




高校の同級生2人と遊んだ。
1人は親友と呼ぶべき存在である。
もう1人の子は女性である。

その子と会うのは、5年半ぶりである。
実に素直で、喋りやすい人である。
そして途轍もなく頭が良かった。
彼女の存在は、私が東大を目指すことになった、唯一無二の「きっかけ」であった。


つまりその子は私にとって、良き友達であり、高い憧れであり、打倒すべき壁であった。
そして、私の半生を通して最も長く、強く好きだった子である。


受験を間近にして、私はある秋の日、突然彼女に想いを打ち明けた。
高校生である。手順など知らないし、そういうものがあることさえも知らなかった。今も幼いけれど、当時はもっと幼かった。
その想いは拒まれてしまったけど、気まずさを感じながらも決して関係が悪化してはいなかった。

それがあるとき、ふと私が全くその子と話さなくなり、そうして彼女も私と話そうとはしなくなった。
当時は2人とも18歳。
互いに完全無視を決め込んだまま、その稀有な関係は自然消滅してしまった。


それから5年半という月日が経ったのである。

彼女は1浪して(現役で彼女が落ちたことは大波乱だった)東大に合格し、東京で暮らし、社会人になった。

私は3浪して東大に通らず、別の大学に進学し、未だに大学生をやっている。
他に猛烈に好きな子が1人出来たけど、結果は惨憺たるものに終わってしまった。

就職で地元に帰ることがそれなりに現実味を帯びてきて、またその好きな子を諦める必要性も感じていて、それで共通の友人(ちなみに彼も東大卒である。恐ろしい)を介して、彼女と3人で会うことになったのであった。


会うことが決まってからは特に緊張することもなく、ひたすらわくわくしていたのだが、待ち合わせ場所に向かっているときは流石に緊張した。

彼女が変な方向に変わっていたらどうしようか?
彼女は私と喋ってくれるだろうか?
私は彼女とうまく話せるだろうか?

お互い、18歳の頃の相手しか知らない。
そのまま時が止まっていて、成人して、それなりにいろいろな経験を積んできて、鹿児島とはかけ離れた場所で、24歳にしてついに再会する。
それに、大袈裟でもなんでもなく、まさに今の私の人生を規定してしまっているほどの存在なのである。

***

私が駅の改札を出て、真っ直ぐ歩いていったら、彼女の後ろ姿が見えた。
「わー!久しぶり!」と言われた。

第一印象は、「こんな声だったっけ?こんな喋り方だったっけ?」というものだった。
服装は、とても昔からは想像出来ないほど(失礼)垢抜けていて、でも方向性は彼女に似合っていた。
そしてもちろん、化粧も覚えていた。

最初は居酒屋、そのあとカラオケに行った。
互いに互いの距離感を思い出そうと探り探り、しかし楽しく喋ることが出来た。

5年半前、心にずっと抱いていた、何を犠牲にしてでも叶えたいと思っていた憧れは、まさに数年の歳月を経て叶ったのであった。夜の東京の街を歩く、カラオケで一緒に歌を歌う、…。

そういえば、全く意図してなかったけれど、ちょうどぴったり6年半前、私は彼女に告白したらしい。
6年半前の自分は、この子のことを死ぬほど好きだったんだよなぁと、不思議な気分だった。
甘んじて自身の人生を規定させるくらい、好きだったのだ。

時間が過ぎるのが早くて、もっとこうしていたいなぁと思ったけどそうもいかない。
連絡先を手に入れて、隣駅まで散歩して、また飲もうねといって別れた。


2人とも大人になったんだなあと思った。


***



「可能性」があるかどうかは半々くらいだろうか。次に2人で会ってみないことには分からない。
再会を果たしたこの日すぐに昔の気持ちを思いだした、とは到底言えないし、もし付き合えたとしても、6年前の自分の感情とのギャップに苦しむかもしれない。
ただし、好きになれる可能性は充分に感じたし、より「仲良く」なれる可能性も感じた。

まさかの再挑戦があるのかもしれない。

ともあれその「可能性」云々の話をぬきにしても、この日は相当に自分にとって意義深い1日だったと言えるだろう。
人生屈指の重要な関係を復活させたという、まさにそのことに意味があったからである。



そういえば私が今嵌ってるマンガ、『悪の華』も『おやすみプンプン』も、今好きな子と昔好きだった子が主人公の中に2つながら存在していて、まさに今の自分の状況に符合していて、それもまた驚きである。


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相合小傘

旧来ネットでの付き合いがあった「ろりさん」と会うことになった。
空白東方スレで知り合い、それからずっと私を慕ってくれている人である。
東京にいるうちに会おう会おうと思いつつ、3年の春休みにしてついに機会を得ることとなったのであった。

昨日の雨も止んで、快晴。
4,5年の付き合いがある人と初めて顔を合わせるには、おあつらえむきの天気だった。

第一印象としては、相当に優しそうな人だった。
別に極悪な人相を想像してたわけではないけれど、それにしても優しさがにじみでていた。もしクラスが一緒だったら、真っ先に友達になれそうだと感じるタイプである。
実際に物腰が柔らかくて、話しやすくて、ほっとした。

初めは居酒屋で焼き鳥とビールをひたすら胃袋に入れながら喋り、歩いて秋葉原にいって2クレだけQMA(結果はいつもの通り散々だった)、それから喫茶店で喋り、ガストでケーキを貪り食いながら喋った。
6時間はあっという間に過ぎていった。


私という存在は彼にとって「憧れ」だったそうで、競馬場に落ちている外れ馬券ほどの価値もないこんな自分に憧れていると公言してくれたことに対する若干の嬉しさと大きな申し訳なさがあったり、それによって「いろいろ迷惑をかけてきた」という無用な罪悪感を抱かせてしまっていたことに対する申し訳なさもあり。余計な気遣いをさせてしまったとも思う。

そして私よりも私の過去の発言を覚えていて、それも楽しかった。
私が2ちゃんねるやブログやtwitterなどで、文字を媒体として「仮構」してきた自身の像が見えるような心地がして、当時は幼かったとかそういうことをぬきにして、ひたすら興味深いものであった。

彼にとっての私は、私にとっての(たとえば)三森すずこ、みたいな感じなのだろう(雑な例えで申し訳ない)。
そういう熱烈な感情をうけることに慣れていない私であり、そうした幾ばくかの幻想を軽~く打ち破ることになるだろうけどすまないねという感じではあったけれど、私はもはや背伸びする気など毛頭ないので、友達として普通に接しようと思った。
そして私の「レバーが嫌い」だとかそういう無意味な情報をすら、ろりさんはまるで新しい考古学上の発見を目にするかのようにして嬉しがっていた。


私には、他愛ない他者からの発言に食いついたり急に機嫌が悪くなったりといった、いわば独特の「気難しさ」があって、それがおそらく文字媒体では色濃く抽出されてしまうのだろう。(ちなみに機嫌が悪いときは、ほぼ100%睡眠不足のときです)
実際には、現実での人付き合いの場面ではむしろ「話しやすい」と言われることが多くて、今回もそう言っていただけたので、それが嬉しかった。
たとえ私の本質がその「気難しさ」であると私自身知っていたとしても、その本質をどうにか対症療法的に克服しようと努めてきた身にとっては本当に嬉しい言葉だった。

11時を過ぎて終電も近づいたので、御茶ノ水駅から東京駅まで送りに行った。
「また近いうちに会えるよ」と思ったけれど、本当に彼は寂しそうで、なんというか、私も寂しかった。
(よく考えたら東京駅からも品川駅まで山手線で送って、そのまま新宿駅に行けば良かったね)


数年間も互いの存在を認知していながら、こうして東京のど真ん中で初めて顔を合わせるという、ネットを媒介にした特殊で不思議な関係性だけど、これからも大事にしていきたいです。

まよいまいまい

都内某所で企業説明会があった。

まず駅で迷った。

スーツ姿で構内をガチダッシュした。

地上に出たけどビルの場所が分からない。

ビルしかない。

ビルの間を縫うように走り回った。

外は雨。

やっとビルを見つけて入った。

エレベーターの場所が分からない。

警備員の人に場所を聞いた。

丁寧に教えてくれた。

やっと目的階に到着。

しかしそのフロアですら広くて迷った。

3分遅刻。

隣の就活生の目が痛かった。




でも会社概要を説明してる女性が可愛かったので、全て報われました。

行きません。

どんなに惨めでも、ショックでも、それは大した問題じゃない。けれど、


「ああ、この子が不幸になればいいのに」

一瞬でもそう感じてしまったことが、私にとっては底冷えするくらい悲しかった。

手を振る

目上の人に「ばいばいー」と手をふられたときに、どんな風に反応してよいのか分からない。

同じように手を振り返すのはなんだか馴れ馴れしそうだし、
かといってお辞儀だけ返すのは他人行儀っぽい。

なのでそういう状況が訪れたときは、私はいつもぺこぺこお辞儀しながら(お辞儀というか、首をガクガク動かしてるだけだが)手を手刀みたいにしてプルプル震わせるという挙動不審な行為をもって返礼としている。よくないなぁ。


やっぱこういうのは、自分がされて嬉しいことをすべきだろう。
手を振るってのは相当にフレンドリーな行為であるはずだ。
私がもし、別れ際に後輩に手を振って、どんな反応が返ってきたら嬉しいか?…


結論は、「腕が千切れるくらい手を振り返す」でした。

お互いに手を振る関係って良いよなぁ。つくづくそう思います。

彼女が欲しい

数年ぶりに好きな人が出来て、その子を彼女にする方法が全く分からなくて、ここ数ヶ月は「なぜ自分にはその子を彼女に出来なかったのか」という疑問をまず考え、だんだんとそこからシフトして、「そもそもなぜ自分には彼女が出来ないのか?」ということをずっと考えていた。ここでは後者について、自分が考えたり他人から聞いたりしたことを書いていきたい。

あくまで自分用なので、続きは追記に記した。


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誕生日

24歳になりました。
18から19、19から20、20から21と刻んでいくときはそれなりに感慨深いものがあったけれど、流石に23から24への移り変わりは正直われながら「へー」という感じではあったり。

ただもう年齢的には立派な大人なので、周りの人が持っているものを、自分もしっかり持てるようになりたい、そして立派な男として成長していきたいなとは思う。
そう思える機会が多かった23歳という歳は、振り返ってみれば実に意義深い。

***

3月2日から秋田へ旅行に行ってきた。
初めての東北ということでガチ防寒していったけど、思ってたほど寒くはなかった。
でもこの季節で日中も普通に氷点下だったり、すごくナチュラルに雪が降ってきたり、そこらへんで東北感を感じることが出来た。
あと乳頭温泉郷、雪が身長より高く積もってて、南国育ちの自分にとってはただただ凄かった。
それにご飯も外れがなくてびっくり。どれもこれも美味しかった。特に角館(かくのだて)で食べた比内地鶏の親子丼は絶品。

プロフィール

みかきもり

Author:みかきもり
みかきもり/翠凜/りぬす

「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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