中野あずさ

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中野駅には行くことがあまりないので、偶然この景色が見られて嬉しい。

叛逆の物語

今まで見てきたアニメの中で最も楽しめたものを選べといわれたら、私は迷うことなく「魔法少女まどか☆マギカ」を選ぶ。

この作品より面白いアニメがあるのだとしても、完成度が高いアニメがあるのだとしても、まどマギを越えた感動をその作品から得ることは出来まい。うまく言えないけれど、もはや私はまどマギによって感覚を破壊されてしまっているのだ。だからアニメはこれまでも・これからもゆっくりと、私の中でその役割を終えていく。私がまどマギ以降のアニメに触れるとき、私の視座の中にはそういう諦念が知らず識らず潜んでいた。

埼京旅行記②-東大受験(http://metroaqua.blog52.fc2.com/blog-entry-200.html)という二年前の記事でも紹介している通り、受験や在京という強い思い出と結びついて、まどマギはある意味で神格化されていると言ってもよいだろう。

そして、それをもし仮に何かが打破できるとしたら、それはまどマギ新編でしかありえなかったのである。

というわけで今日(昨日も映画館に行ったけど、10時間後とかだったので今日にした)観に行ってきた。

感想を今ここで述べるのは難しい。

斜めから恋をしてる

最近は雨の日が多い。今日の夜も走っていたら雨が降ってきた。
霧のような雨が路地を塗らしていくのを、街灯が静かに照らしていた。なかなか幻想的だったけど、メガネが濡れるのには閉口した。

右膝の痛みが発生することもここ数ヶ月間なく(本当に幸せなことである)、ジョギングが完全に習慣化された。
痩せるためだとか、体力作りのためだとか、ジョギングを続けている理由は色々あるけれど、結局は楽しいから続けられているのだろう。
今日は11キロの道程を1時間かけてゆっくり走った。
音楽を聴きながら、とりとめのないことを考えながら黙々と走るという行為は、生活におけるチューナーのような役割を果たしているのかなと最近は思っている。ちょっとうまく言えないけれど、1時間誰とも話さず走る時間を設けることで、日常生活における自分の精神を「調律」しているというような。

1時間を走るわけなので、必然色んな音楽を聴くことになる。
一つのジャンルを聴いていても面白く無いので、最近は食わず嫌いだった音楽も聴くようにしている。
今日はPerfumeの「GAME」というアルバムを借りてきて、それを聴きながら走った。なかなかジョギング向けである。お気に入りは「シークレットシークレット」と「チョコレイト・ディスコ」。
もはやここ数週間はジョギングは「色んな音楽を聴く時間」としての意味合いを強く帯びていると言えるかもしれない。

…そういえば当日返却だったのに、未だアルバムを返していないことに気付いた。

なほあまりある

今は楽しいけれど、自分たちが思っているほどにはこの状況は続かないだろう。…などと考えていたけれど、よく見たら実のところはもうとっくの昔にそういう状況が終わりを告げていた。
しかも誰も悪くないから、解決策が講じられない。

たとえそれが欺瞞だらけであっても、ともかく誰かが割を食うことだけは避けたい。

公現祭

府中市の東京競馬場へ出掛けてきた。
天候はあいにくの雨で、とても止みそうにはなかった。

だらだら喋りながら、1レースから12レースまで賭けてきた。
雨降ってるし考えるだけ無駄だと思い、ひたすら誕生日馬券(馬単だったりワイドだったり)を買った。
誕生日馬券は1レースだけ当たったけど、普通にガミった。

雨に加えて気温も低く、競馬場にまで来ておいて結局ほとんどのレースは中のでかいテレビで見ているという奇妙な状況だったけれど、それはそれでのんびりしていて楽しかった。

まともに当たったのは京都11R・菊花賞のみで、それ以外は見事に外した。
菊花賞を見届けてから競馬場に出ると、もう外は暗くなっていて灯りがついていた。
芝生が雨に煙っているのも相まって、なかなか幻想的な光景だった。

そういえばもう秋の天皇賞から1年が経つのだな。
あの日も寒かった。

『囮物語』

「絶対に叶わない夢なら、安心して追えるって意味なんでしょ?」
「妥当な夢が叶わなかったら、ショックだもんね……」 (西尾維新『囮物語』)



全く叶いそうもなかった目標が、ふいに現実味を帯びてくることがある。
漠然とした理想論ばかりが先行し、見えてくるのは他人の落ち度ばかり、そんな中続けてきたかりそめの努力……しかしながら努力はやはり努力だったのか、実のところ他の誰でもない自分自身が一番信用していなかった頑張りが実を結びかけることがある。

そのとき頭の中の抽象的な理想論は霧散し、とたんに具体的な問題が雪崩のように押し寄せてくる。
この世の中には、こんなに考えることがあったのかと半ば感心する。
本当のところ、大なり小なりの目標を達成しようとする一連の行為の中には、具体性しかないのだということになろうか。

絶対に達成できそうもなかった目標が、かりそめであったはずの努力によって急に「もしかしたら本当に叶っちゃうんじゃね?」といえる状況にまでなったとき、まさにそのときから、本当の「夢を追いかける」が始まるのかもしれない。
そこに甘美な幻想を見る余地などなく、対峙すべきはただただあまりに具体的な現実ばかり。


…っていうことを強く感じさせる出来事が最近あって(とても嬉しいことです)、そんな折に読んだのが西尾維新の『囮物語』だった、という話。

***

私は他の人と同じような目標を立てた。他の人は、最終的な形はどうあれそれを達成した・しようとしているはずなのだ。みんなが等し並みに夢見ることであろうから、私も時が来れば(自動的に)達成できるものだと思っていたが、それは違った。だから恐ろしい。ここまで一筋縄でいかないとは思わなかったし、こんなにエネルギーを必要とするとは想像だにしていなかった。

みんなこんなに現実に直面し、対策を講じ、度胸を発揮し、無理矢理でもそこに楽しみを見出し、悲しむことも厭わずに。「みんな」これを経験してきた・これからするのだ。
たとえば朝の駅の人並みを見るとき、ここにいる人のひとりひとりに、狂おしいほどの人生が凝縮され蠢いているということに、畏怖を感じずにはいられない。
そしてそれを今まで知らなかった自分が、なんと子供であったことか。

こんなチャンスは人生で、たとえあるにしても数回だろう。
この先何を頑張らなくても、ここは頑張らなければならない。具体性にのたうち回らなければならない。そしてそれを心の底から楽しまなければならない。

熟田津の月

珍しく真面目に大学に通っている。
これは私が深遠なる勉学の世界に目覚めたからというわけではもちろんなく、単純に「あと何回休めるか」ということを気に病むくらいなら最初から真面目に講義に出席していた方が精神的に楽であるということに3年目にして初めて気付いたからである。

ところで時間割の都合上、講義と講義の合間が空くことがある。
じゃあ家に帰るかーとか思ってしまう魔の空白時間である。

といっても図書館の空気は好きではないし、ゲームしにいくには時間が短いし、というわけなので、近くの喫茶店でも開拓してみようかなと思っていたりする。私の大学界隈には雰囲気の良さそうな(いささか良すぎて朽ちている感もある)カフェがたくさんあるのだが、入ったことは殆どない。

しかしながら、1人で入るのに吝かではないにしても、やっぱり敷居が高いのは否めない。あとやっぱり入るなら女の子と一緒がいい。だから女の子ください。
ちなみに、野郎と喫茶店にしゃれ込むくらいなら神田川のヘドロになることを選ぶ。

というわけで今日は個人経営でもなく、かといってガチチェーン(?)、たとえばスタバとかドトールとかのような喫茶店でもない、そんなところを見つけて入っていった。
コーヒーは好きだが味などわからないのでミルクを大量にぶち込んで砂糖を狂ったようにぶち込んで飲む。
そして読書に耽る。黙然と読みふける。
最近はかなり軽めの小説をポンポン読むことにしている。

秋は寂しい季節である。
過ぎ去ればこそ趣深い。だから早く冬になってほしい。

thnks fr th mmrs

ここ数日で思うことはただ一つ。

今回の台風は一生恨む。

夢想転生

宝石賢者の色も充分に堪能したので、転生した。

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シャロンからリエルに変更。
名前も「みかきもり」→「いにしへの」に変えた。
元ネタは「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな」
決勝ではたいてい社エフェばかり投げているので、オーラはこの色になった。

これからもちまちまと、細々と続けていければいいなぁ。

こはく

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宝石賢者になった。長かった。
これで何とか一区切り付けられたなぁという心持ちである。
さすがに感慨深いものがあった。転生するかどうかは未定。
プロフィール

みかきもり

Author:みかきもり
みかきもり/翠凜/りぬす

「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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