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翠緑のブローチ

11月某日の、とあるライブでの出来事。
どうしても書きたくて書いた。これを2012年締めの記事として、よいお年を。


***

 無作為によって資格を得た私は、壇上に立った。
 私はごく儀礼的な会話で、「手渡し」という謎の儀式を無難に済ませ、帰るために右へ歩み出した。まさにその刹那に、ちょうど次に来る人を確認しようとし、こちらを向きかけ、私の姿を確認しようとしている彼女の姿が目に入った。

 日頃は彼女を偶像(idol)としてしか見ることの出来ない我々に与えられた、多少の代償を払ってでも手に入れたい機会。それを手中にした人々の中でも、この「手渡しイベント」を経験する権利を得られた人間は少なかった。私はその夢のような経験の最中にあった。結局私は彼女から「手渡し」される幸運にあずかることは出来なかったが(彼女が所属しているグループの、他の人から「手渡し」されたが、それでも満足だった)、私はそもそもそこまでのことは最初から期待していなかった。ただ視線が合えば嬉しいなということは、壇上に上がる前には漠然と考えていたのである。私はライブで彼女の姿を見るためにここに来ただけなのであって、手渡しイベントに当選するなどということは全く期待してはいなかった。彼女のファンならば誰しもが夢見るはずの、視線の邂逅。あこがれの人と視線が合うというのは、言うまでもなく圧倒的な喜びであるはずだ。そんな視線を合わせるといったごく単純なことさえ、運良く選ばれた人間にしか許されていなかった、そして、私はこの瞬間だけはそれが出来る数少ない人間だったのだ――しかし私は瞬間的に、ほとんど稲妻が走るように、まるで絶対的な拒絶のように、視線を逸らしたのだった。互いの視線が一直線上になるなんてことは、絶対にあってはならないことだった。なぜならばそれは限りなく畏れ多いことだったからである。

 まさに、その時私を支配していたのは「畏れ多さ」だった。
 彼女はまさに私が壇上に上がるまで、遠きに有りて思うものであった。そこにあったのは何ら疑問が差し挟まれる余地のないほど徹底した関係性であった。それがどうしたことか、この日の気まぐれな無作為は、私を選んでしまった。なんて残酷なことだろう!私は彼女の近くにいくことが出来るという、計り知れない僥倖を図らずも得てしまったのだ。果てしない僥倖というものは、つまり果てしない畏れ多さに繋がっている。
執行日当日の死刑囚のように、壇上に引きずり出された私は、そこで天にあるはずの神たる存在と対面する権利を得た。その瞬間から、日常ではなんら意識していなかったはずの、私の心に根深く巣くっている卑しさが、ここで天日にさらけ出されてしまった。私みたいな矮小で卑小で、下劣で穢れた人間は、絶対に彼女の近くには、1秒たりとて居てはいけない。そんな考えが急激に私を支配した。しかしその一方で、私はこんな幸せを手放そうとはしなかった。もはや後戻りは出来なかった。
 距離が近づけば近づくほど、私は自身をただの汚い惨めなヘドロのような物体だと思いなした。彼女はまさに「絶対的な神様」であったのだ。文字などというものをまるで媒介せずに、これほど私の中身を忠実にくりぬいて眼前させ、したがって私をひれ伏させる存在。しかしその存在の生み出す偶像が、常に私に一定数の癒しをもたらす、そんな存在。それを神様と呼ばずして、なんと呼べるだろう。ともあれ、そんな存在と目を交わすなどということがあってはならない。私の姿がまかり間違って彼女の視界に入ってしまうことがよしあったとしても、私の目線までもが彼女の目線と邂逅してしまい、したがって私の存在の何事かが彼女の認識にほんの少しでも、一瞬の間でも介入してしまう・影響してしまうなどということは、断じてあってはならなかった。それこそ神への決定的な冒涜である。神を侵してしまうことになる。偶然は、距離の近さまでは認めたけれど、視線が合うことまでは認めていない。私は偶像破壊者(iconoclast)にはなりたくなかった。
……そしてそんな、あまりにも歪で奇怪な畏れ多さは、選ばれた人にしか味わえない、垂涎のものなのであった。


 しかしその一方で、単純な距離の近しさ、そしてその後の視線のいたずらな駆け引きというものは、彼女に以前抱いていたものとは別種の感情、それは言うなれば、微かな親近感(親近感、というよりももっとずっと淡いものであるが、便宜上「親近感」と呼ぶことにする)を抱かせるのには充分であった。つまり、近づいて見ることによって、単なる偶像だった彼女は、今や一人の女の子、一人のお姉さんとしてそこにいた。たとえば「まだ喋ったことのない、同級生の女の子」のように。何らの直接的な関わり合い(たとえば義務的な会話や、偶然の接触)もないのだけれど、ただ教室が一緒だったという、偶然によってなされた単なる空間の共有が、のちのち不可思議で淡い親近感を抱かせる、……彼女はその親近感の対象の一人となった。
 その象徴はまさに彼女が抱えている(と本人が言っている)「人見知り」なのであった。あの視線の迸りの未遂は、彼女が人見知りであるという情報が実感となった瞬間でもあった。麗しく慎ましやかに宿った睫が、ゆるゆると浮揚する瞬間に、私はその特権的な繋がりを得たのだった。私は彼女の「人見知り」を知ってしまった。「人見知り」とは、なんと人間的な感情だろう!人間への回帰。堅い樹皮が割れて沁みだした樹液のように、それは生命的であった。…たとえ僕が垣間見たものが、彼女ではなく実は僕自身の「人見知り」だったとしても。

 偶像は遠くからその美しさを賞美するものである。偶像と私との間には、「一方的に見続ける」という関係性しか成り立ち得ない。あるいは、その偶像といつか邂逅することを夢見るという関係性。まさにこの一方向性という特殊性によってこそ、私はこのような関係性に普通は課されている、自身へ内省を求める義務を免除されていたのだ。だからこそ私は白痴のように無邪気に、偶像を愛でていられるのだ。だからもし、その美しき偶像が、光を存分に艶めかしく踊らせた目で、私の目をみたら?――それは考えるだけでぞっとすることである。その視線は今後絶対に、私と偶像との間に横たわっている一方向的な関係を許さないだろう。すなわち、偶像は偶像でなくなって、私に絶望的なほどの内省を、手の施しようもなく汚穢なる自分自身への反省を迫るだろう。私は偶像を眺めていたときのような漠然とした愛情、相手が偶像だからこそ許される、激烈であてどない、そして未完結を運命づけられた、それを持っていることが不運のように見えて実は限りなく幸運であるところの、「愛情」を失うことになるだろう。そのかわり手に入るのは、等身大の、つまり相手を愛するために自分の存在に対して一切の妥協を許してくれない、つまりこの世のどこにでもある恋愛感情を手に入れるきっかけ(先ほどの淡い親近感のようなもの)なのである。それは単なるきっかけでしかないけれど、そんなきっかけを仮に掴んでしまえば、私に自然に具わっていた自制は失われてしまうだろうという恐怖が生まれた。それは濃淡こそあれ日常において常に玉響のように揺曳する、穏やかな激情である。それはシンとして凪すらしない湖の水面のように平らかなのに、私の日常を急流の水のように浸食していく。それを彼女に感じた瞬間から、何かしらの崩壊が免れ得なくなってしまうのだ。ただ眺めるだけで幸せだった日常(不思議にも当人はそれを不幸せだと思っている)は、こうして唐突な幕切れを迎えることになるだろう。

 単なる偶像を偶像のままに絶対的な神っぽく仕立て上げるのは容易である。しかしその偶像を「一人の同級生の可愛い女の子」のように思いなすことは極めて難しい。つまりこの親近感こそが、私が彼女に近づけた、畏れ多くも近づいてしまったという最大の証となるのだ。何がそれをさせたのか?もちろん私の意思ではなく、単なる無邪気な無作為が、である。

 しかし結果的には、私はこの意思の不随意を止めることは出来なかった。
 というのは、視線は結局かち合わなかったが、それでも「かち合いそうになった」という程度の事実ですら、私(というよりは、私と彼女との関係)を浸食するに充分であったということである。つまり視線の邂逅は決定的な要素ではなかったということになる。彼女は偶像の外殻を、羽化するように飛び出して、「唯一無二の神様でありながら、一人の可愛い同級生」という二面性を獲得したのだった。そういえば今、彼女は「神様となった女子高生」という役で声を演じている。なんと奇妙な符号だろう。今や私は彼女を呼び捨てで呼ぶことがとてつもなくためらわれるようになってしまった。神様を呼び捨てにすることが禁じられているように。そして同時に、まだ会話のない同級生を呼び捨てにすることが躊躇われるように。
 視線が合おうと合うまいと、どちらでも変わらなかった。というよりむしろ、視線が結局「合わなかった」ことによって感じてしまった彼女の人見知りさ(と思われるもの)が、偶像だった彼女に人間としての一面を獲得させてしまい、その結果私は彼女に等身大の模糊とした恋愛感情を抱くきっかけを手にしてしまったのかもしれない。いずれにせよ、無作為が私を汚泥から引きずり出した瞬間に、関係性は変容を運命づけられてしまったのだ。

 しかしそれにしても、「絶対的存在としての神様たる、一人の女の子」という存在を仮構する感情というのは、結局は、単なる「思春期の少年が抱くような淡い片想い」なのではないだろうか?たまたま同じ教室になった女の子を、まるで神様みたいに崇拝したがる、そんなありがちな青い恋の形態。

 さてこれは今後、発展していくのだろうか?その可能性は、地球の自転が明日止まる確率よりは低いだろう。それが為されるには具体的な実行――さらなる邂逅、空間と時間の共有が必要不可欠となってくるからだ。自身の妄想だけでその淡い片想いが具体的な発展を成し遂げることはあり得ない。それが実際とは違うところなのだろう。事実、私が恐れていた「帰結」の希求は、結局は一瞬芽生えたきりで、この邂逅から数日もしないうちに、幸運にも(そして不幸にも)再び影を潜めてしまったようだ。
 そもそも、そこまで自分を卑しく考えている人間が、果たしてそんな感情に向かって、奔馬の如く疾駆しただろうか。わからない。極端に自分を卑しい存在だと考えている人間ならば、誰かを等身大でぼんやり好きになることどころか、そのきっかけを掴むことすらも罪だと考えるはずではないだろうか。ならば関係性の変容などそもそも起こり得ないはずではなかったろうか。私は何を恐れていたのか。私は偶像に人性が宿ったからといって、そこから実りようもない恋におちるような人間ではないはずだ。――もしかしたら私は、不随意で理不尽な熱情に引き摺られることを恐れていたのではなく、私の「卑しさ」が犯されることをこそ、恐れていたのではないだろうか?


 もちろん、具体的な発展すなわち「彼女を等身大に見る」というレベルでの恋というものは、彼女に対してこそ望むべきでないのだ。彼女が私と等身大になるということは2つのうちどちらかを意味する。すなわち彼女が堕天して、私と同じくらい卑しくなってしまうということか、私が自身の卑しさを、したがって自身の本質を、自身の存在の根源・確証を失ってしまうか、ということを。どうやら私はケガレそのものとしての自分を限りなく忌避したいと思っている一方で、そんな自分を思いがけなく発見できたことと、その汚さこそが私を私たらしめているという、一種の文学的な考え方を思いがけなく体得できたことを、嬉しくも思っているらしい。

 ただ今は、「選ばれる」ことなど無いといつしか決めて生きてきた私に、夢のように突然訪れた偶然的な僥倖と、その恐怖と、思いがけない発見とを、懐かしく振り返るばかりである。



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ホムラウシ

12月26日:帰省。

まだ夜が明けぬ暗いうちから出発。
電車の中は、始発近いこともあって席に座する殆どの人がまどろんでいた。
京王線から山手線、そして京急線といつものように乗り継いで、羽田に着く。

そのころになると空は既に明らみ、これ以上ないくらいの快晴であった。
早々に搭乗手続きを済ませた僕は、ロビーで深田久弥(きゅうや)の『日本百名山』を読んでいた。
この本を知ったのも、山に興味を持ったのも、某クイズゲームの賜物である。
そんな折ふと顔をあげると、赫灼とした朝日に富士の冠雪が染められているのが遠く望まれた。
僕はその光景と読んでいた本との符号に驚きつつ、恥ずかしながら羽田から富士山が見えることをそのとき初めて知ったのである。

離陸した後も、数十分ほど富士山の堂々として孤立した威容を眼下に眺めることができた。
だがそれだけではなく、その向こうに連綿たる南アルプスの姿を目の当たりにすることが出来るのだった。
僕はその峰々を比定してみようと努めたが、やはりそれは難しかった。しかし、天にむかって打ち寄せる波のしぶきをそのままに固着させたような赤石の山々は、僕の日本アルプスへの憧憬をより一層こじらせるのには充分であった。

やがて飛行機はつつがなく鹿児島に到着し、空港から窓の外を眺めれば、見慣れた霧島連峰の姿がそこにはあった。一番高い山が韓国岳(からくにだけ)で、最も美しいと個人的に感じる山が高千穂峰である。
僕は家族とともに、霧島の山の殆どに登り尽くした。それがもう十年は前になろうか。

そのとき僕は、登山を再び趣味にしてみようかななどと思ったのだ。

溝辺鹿児島空港から鹿児島市まではそれなりに遠い。
バスで市内の実家に着く頃には、桜島が元気に噴煙を上げる姿が変わらずそこにあるはずだった。

ミモリクリスマス

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全国大会をがっつりやろうと思ってたらもう終わってた…。


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1クレだけ競馬検定。
フェブラリーステークスを思い出せなかったのが悔しい。

あと全国トナメで相撲問を落としたのも悔しい。
というか相撲問、解けないことの方がこの頃は多かったりする…。


海のあを

「白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ」若山牧水




第57回有馬記念。
最初はエア馬券を考えていたのだが、実際馬券を買った方が面白かろうということで買うことにした。
買い方などろくに知らぬド素人である。当てること自体が目標(配当とかは原則考えない)・スッて当たり前、観戦料と考えよう、という原則のもとでいろいろ考えることにした。

最初は三連複を考えた。
今回は、軸となる馬を一頭考え、相手の馬を何頭か選ぶという方式を執った。いわゆる「1頭軸流し」である。

僕は軸馬を9番のルーラーシップに定めた。理由は簡単である。ここ何戦もずっと連対に入っていたからだ。
しかしジャパンカップで頑張ってたから疲れてそうだ、というのが不安材料の1つ。
次に相手となる馬を考える。
13番のゴールドシップ。これは堅いだろうが、菊花賞以来ということで不安かなぁ。
なので二頭軸にはしなかった。
以下、3番スカイディグニティ、6番オーシャンブルー、8番トレイルブレイザー、10番ダークシャドウ。
この5頭を相手に設定。

と思って色々ググったら、「初心者で三連複とか養分乙wwwwまずはワイドからだろJK」という文言が散見されたので、やめる。
素直にワイドで考え直すことにした。自身が素人であるということを念頭から外してはならない。「当てること」が目標なのだ。

ワイドでも軸は変わらない。ルーラーシップである。
相手となる馬、だが…。
ゴールドシップはどう考えたって入るだろう。
ダークシャドウも入る。
トレイルブレイザーはバイト先の上司が推していたから入れる。
スカイディグニティとオーシャンブルー、どちらか(または、どちらも)切るべきだろうか?と考えた。ワイドで5点買うのってどうなのだろうか、よくわからなかった。結局スカイディグニティをとって、オーシャンブルーを切る。

しかしオーシャンブルーを無碍に切ってしまうのも何となくアレだったので、複勝で買う。
もう一頭、ルルーシュも複勝で買う。大外枠が来ない有馬記念ではあるが、一応買った。
理由はやはり簡単だ。ギアスで命じられたからである。


というわけで各100円ずつで合計600円。

正直さすがに当たるだろうとは思っていたが、当たったとしてもガミる(購入額>的中額≠0)だろうという気はしていた。でもくどいようだけど、僕にとって今回はそれで御の字なのだ。


そして翌日。バイトの休憩中にちょうど発走。
ワンセグで見ることにする。

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思わず吹き出してしまった。かわいい。フェラーリのロゴか何かかという感じ。
清々しいほどの終わり方である。
もうルーラーシップはどうでもよくなったので、ひたすらルルーシュに託すことにした。

終盤「ルルーシュ」という実況の声が聞こえてきたときが一番興奮した。


そして結果。
一着はゴールドシップ。芦毛カワイイ。
二着はオーシャンブルーだった。複勝があたった!
そして三着にルーラーシップが入ってしまうのだからすごい。

結局はワイドの9-13、そして複勝の6が当たった。
結果的にはルーラーシップというよりもオーシャンブルーに救われた形で。当たった上に、ガミらずに済んだ。
こうしてみれば最初の三連複も当たってたということになるけれど、それはもちろん言わない約束である。

600円賭けて770円払戻、+170円。
レイカーラ複勝以来の当たり馬券だ!
というわけでこのお金で駄菓子でも買おう。

『花おりおり』

「草花や木の名前を常識としてはどれくらい知っておけばよいのでしょうか。答えが出る問いではありませんが、『万葉集』4516首には163種類ほどの植物が歌われています。『万葉集』は名のわかる人だけでも470名近い人々が登場します。一方、平安時代の才女、紫式部は『源氏物語』で111種類の植物、清少納言は『枕草子』で138種類の植物を取り上げています。その2人を合せると164種類になります。偶然でしょうが信じがたいほど『万葉集』の植物の種類数と一致します。
 近代の例として、明治の文豪夏目漱石をあげましょう。その全集に262種の植物が顔を出します。そこには近世に渡来した欧米の外来植物が少なからず含まれているので古典とは単純に比較はできませんが、いずれにせよ200そこそこの植物で、味わいのある自然や生活が豊かに表現されているのです。」
――湯浅浩史『花おりおり 愛蔵版その二』(朝日出版社、2003)序文より




たしかに、明治期から昭和期にかけて名作と称される小説作品群には、驚くほど沢山の植物名が出てくる。
(最近読んだ中では『斜陽』や『細雪』がそう)
そしてその植物の、名前は聞いたことがあってもそれがどんな草花・木なのか殆どわからないということに危機感を抱いていた中で、偶然見つけたのがこの本。写真とそれに付随した短文で構成されている。

要するにこういった、上手く言えないけど「まとまりのない知識」(=一問一答的な知識=QMA的な知識)というものが、巡り巡って、創作において重層的に深みを生み出していくというのは非常に面白い。

実におおざっぱで不正確なまとめ方で申し訳なくなるけれど、「教養」・「実学」・「世俗」的な知識というものの混淆が、時代を超えて輝く作品を生み出す。それは小説に限らないだろうと思う。
その「圧倒的なごちゃまぜ」には、ただただ畏怖するばかりで、楽しい。

出来ることなら、ゆっくりでもいいからそういうものに近づいてみたいなぁと思う。
この本がその端緒になれば良い。

めぐりあひて

久々にがっつり、12クレほどQMAで遊んだ。
といっても本垢のカードを忘れてたので、複垢で遊んだ。
今開催されている全国大会においては、階級に関係なく歯ごたえのある(ありすぎる)戦いが出来るから良い。

jCeeV.jpg

恋愛の歌っぽいけれど、詞書によればこれは女友達に逢ったときの歌であるということらしい。
もっとも、紫式部が思い人と逢ったことを詠んだ歌でありながら、それをあえて隠すために、そんな詞書をわざわざ付加したのかもしれない。そんな妄想の余地はありそうだ。
ともかくカッコイイ。

相撲問が一問出て、解けず。
「同志社大学で学生横綱となり、1983年に鳴り物入りで初土俵を踏んだ服部祐兒が、1985年に新入幕時に改名した名前」
答えは「藤ノ川」。聞いたことなかった…。


あと、一度「ACE&区間賞3つ」を達成できたというのに、COMが一匹いたせいでプラチナメダルが取れなかったのも残念だった。
でも楽しかったからいいや

年間代表曲 '12

前回(http://metroaqua.blog52.fc2.com/blog-entry-541.html)から一年。ついにこの季節がやってきた。


と、いってももうかねてより僕の今年の代表曲は決まっているようなものだった。


「正解はひとつ!じゃない!!」/ミルキィホームズ


これしかない。
5月の武道館、9月の平安神宮、そして11月の横浜赤レンガ倉庫、一年を通して染まっていた。
あまり重要な要素ではないけれど、iTunesでの再生回数もトップ。

次点は「天使」/KOKIAである。8月はこの曲無しには乗り切れなかっただろう。


2012 「正解はひとつ!じゃない!!」/ミルキィホームズ

2011 「覚えてていいよ」/KOTOKO

2010 「檄!帝国華撃団」/サクラ大戦

2009 「Midnight Blue Train」/浜田省吾

2008 「かわらないこと~since1976~」/KOKIA

2007 「てんきゅっ」/RYTHEM

2006 「シェリー」/尾崎豊

2005 「チェリー」/SPITZ


月明かりも無く

LEDの 光が三つ 東京の
私の部屋の 夜をこそ灯せ


久しぶりに思いつきました。
おやすみなさい

二人さかい

「じょしらく」という大変面白いアニメの中で、武蔵境にヒロイン5人が遊びに行くという話があった。
それに触発されて、同じじょしらく好きの友達と一緒に武蔵境にイコウイコウと思いその機会を伺っていたのだが、今回やっとこさそのチャンスが巡ってきた。

大学で待ち合わせ、東西線から中央線直通で三鷹まで一本で行き、そこで各駅停車に乗り換え。
ちなみにくくるちゃんやきぐちゃんのような罠には引っかからなかった。
ところで何で西側のデカイ駅はパンの芳ばしい香りが漂っているのだろう?

ダウンロード


さて我々は、かつて武蔵境駅構内に聳え立っていた「ベルリンの壁」が取っ払われ、一気に自由度が高まった北口と南口の往来をさしたる感慨もないまま果たした後、どこにいこうか少し逡巡し、すきっぷ通り商店街を歩くことにした。

惜しむらくは小雨が降っていたことだが、案外こういう光景が後々その思い出を印象深くさせてくれるものだ。

それにしてもすきっぷ通りは拍子抜けするほどに短くて、それから先に伸びている・じょしらくでも紹介された独歩通りも二人で歩いたが、ここもやはり短い上にすきっぷ通りより段違いで暗く、国木田独歩の石碑も見つからなかった(別に見つけるつもりも無かったが)。

ちょうど夜飯の頃合いだったので、すきっぷ通りに戻って手頃な中華料理屋で飯を食べた。
店は綺麗じゃなかったけれど、それが都会のうらさびた飯屋といった面持ちであり、逆に風情があった。炒飯も餃子も美味しかった。

駅前に戻ったら青と白のイルミネーションが輝いていたが、どこもかしこもこの季節の駅前の景色というものはみんな似たり寄ったりで、別に嫌いじゃないけれどもうちょっと何かあってもいいんじゃないかなとは思った。

そのあとで、もはや手詰まり感も否めなかったが、近くにあったじょしらくにも出てきた大学へ向かい、そこで温かいココアを飲んだ。雨も降っていて寒く、こんな時に飲むココアは美味しい。


当たり前だがこの街は観光として訪れるには何も無いのと同じで(それは犬に対して「猫っぽさが無い」と断じてしまうのと同じくらい無意味なことだが)、しかし住宅地としては大変良い街だと思った。

早々に満足してしまってからは、そのまま吉祥寺に向かい、久しぶりにQMAに興じた。
僕は結局200円しか使わなかったが、やはりQMAは面白い。
せめて文系と社会がもっと楽に解けるようになったらなぁと思う。
それにしてもこのゲーセンは非常にボロく、トイレも何年来かと思うような水垢が陶器にこびり付いていて、しかもクレジットも中々通さず店員を何度も呼びに行ったりするという始末であったが、これもまたなんというか「巣」っぽくて良かった。


吉祥寺で件の友達と別れた後、バスで帰ろうと思ったが、バスは無かった。
往路があれば復路もあるという田舎の常識は通用しなかったようだ。

結局満員の電車に乗り、駅から家まで歩いて帰った。
音楽プレイヤーの充電があいにく切れてしまっていたので、スマホでラジオを聴きながら帰ったのだが、何故だかそこで急激に寂しさがこみ上げてきた。

その寂しさをどこか突き放し、「こういう感情ってなんか田舎から上京してきた頃を思い出して良いよね」とさめた目で見つめている自分も居れば、寂しさに引きずり回されている自分もいるわけだ。
そんなときだけはこの花の都も、ただの美しいコンクリートの塊にしか見えなくなってしまう。

結局寂しさをもてあました僕は、途中でスーパーに立ち寄って、駄菓子と生ハムを買って帰った。

そして、今こうして電気を消してキーボードを打ち込んでいる部屋には、パソコンと、充電中のiPodと、スマートフォンの光しかない。

スカーレットの流星

三大流星群の一つである、ふたご座流星群の時期を迎えた。
バイトの帰りに、他愛ない話をしながら同僚と夜道を歩いていたら、ふとその同僚が空を見上げ、「あ!」と言って立ち止まった。
てっきり忘れ物でもしたのかと思って顔を見たら、目がとても輝いていた。
僕はちょっと考えて、今日が流星群が最もよく見える日であることを思い出し、
「流れ星?」と訊いた。ちなみに僕は下を向いて歩いていたのでそれに気付かなかった。
「うん!願い事叶えなくちゃ!!」という返事が返ってきた。かわいい。
僕はこの流星群に関する適当なうんちくを垂れ流し、とりあえずオリオン座の方向を見てればいいよなどと言い置いて、別れた。


その同僚が女の子だったら実に絵になる光景である。だ が 男 だ っ た



…ともあれ、東京といえども流れ星が見えるのだなぁという、少しの感慨があった。
空気が綺麗で、一等星が7つも見える冬の空にあっては、寒がりながら流星を眺めるのもまた一興かなと思い、家に辿り着いたあとで僕も外に出て空を見た。

20分見ていて収穫は5つほど。
特に流星に向かってまで叶えたいと願うほどの願い事も無かったので、ただ漠然と眺めているだけだった。
しかし、流星が現れて消えるまでに3度願い事を繰り返せば願いは叶うという俗話があるけれども、こんなに速く視界の縁を掠め去る流星を見るに付け、この俗話を伝えた人が示唆していることに思いを馳せると、なんだかなぁって感じがする。

流星群といえば、まだ鹿児島で暮らしていた頃、母と妹と一緒にしし座流星群を見たことがある。
その年のそれ(今ググったら2001年っぽい)は今世紀でも比類ないほど活発であり、実際バンバン流星が見えたものである。
びっくりするくらい一瞬明るくなる、いわゆる火球というものも見ることが出来た。
流石に今回はそこまでのものは見られなかったが…。

5個見つけたあとで、6個目を見たら帰ろうと思ったのだが、なかなかそれは現れず、結局寒いし首痛いしということで、空を見上げるのをやめて、部屋に向かって歩き出した。
ふと下を見ると夜露が芝生を濡らして居、それが街灯で煌めいていたのもこれはこれで綺麗だと思った。


プロフィール

みかきもり

Author:みかきもり
みかきもり/翠凜/りぬす

「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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