エンジン・テレグラフ

「今のところは僕はまだ、音楽とコンピュータをからめたくはない。」


――村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』より


2年前に初めて読んだ本、そして繰り返し読んできた本の中の一節。
このフレーズの意味はなかなか、理屈としては分かっても実感として感じることは出来なかったのだが、この前東京に帰るために飛行機に乗ったとき、となりの座席に座っていた人が電子書籍を読んでいたのを見て、「ああ、あれはこういうことだったのかな」と思った。

僕もおそらく、小説と電子ブックとを絡めることはこれからもないであろう。


大きなものでいえば鉄器や紙や羅針盤や蒸気機関といった、歴史に名を残すほどの発明品から、そんな風に教科書には載らないまでも、人々のその時代の生活を多かれ少なかれ変えるような細々した発明品まで、これまで数え切れないほどのものが生み出されてきたはずだ。

しかしながら、そんな細々とした発明品を今当たり前のように使っていたり、あるいは過去の歴史的な発明品の目録を教科書などで読んだりしているときには、僕は「それは便利なものだから」という理由で当時の人々がみながみな我先に飛び付いていったのだと思っていたけれど、本当はそうではないのだろう。

むしろ「便利だから」って理由でそれまで親しんできた古いものをキッパリ捨てて、新しい発明品に乗り換えることの出来た"先見的な"人というのは、むしろ少数派だったのではないだろうか。

たとえば、近いモノで言えば、映像の「白黒→カラー」の変化、レコードからCDへの移行、アナログからデジタルへの変化がそうだし、電話からメールへの変化も(メールが電話の上位互換であるというのはかなり違うにしても)その一つかもしれない。
もっとずっと過去でもそうだったのだろう。鉄器が発明されてからも、青銅器がなんとなく良いからという理由で使い続けた人もいたのだろうし、平地住居が隆盛を極めた時代にあっても、好きこのんで竪穴式に拘ったって人もいたのかもしれない。

無論、モノ単位でなく、もっと大きな価値観だったり文化だったり、そういったものならばなおさらその傾向は強かったのだろう。それは「発明」とはちょっと違っているけれど。


もちろん古いものがそっくりそのまま消えてしまうというケースは案外少ないと思われる。
筆みたいな大仰な筆記用具だって未だ健在だし、電子辞書が出来たからって紙辞書が廃れてしまったというわけでもない。紙で出来た本が全く無くなるなんてことはまずあり得ないだろう。
でも、いずれその主流を明け渡す日は、そう遠くはなさそうだ。

そんな風に考えると、親しんできたものを捨てて新しいものに慣れていかなければならなかった人々の哀切さの累積や、あるいは頑なに古いものに拘った人々の哀切さの累積のようなものが、モノがありふれているこの世界では溢れているんだなぁ…と、ちょっと不思議な感慨を抱いた。という話。

僕も、僕と同世代の人間も、時代を生き続けていくにつれて、こんな哀切さがひたひたと心の中にも積み重ねられていくのだろうね。

比翼連理の半世紀

祖父母が結婚50周年を迎え、親族で遊ぶことになった。
僕も猛烈に行きたかったので、それとなく旅費のことを親に仄めかしたら、気前よく出してくれた。
この上なき僥倖である。

さて意気揚々と羽田から鹿児島へ帰り、旅行当日まで本など読みながら時を過ごした。
今回は一泊二日で霧島という、たびたびこのブログにも登場する僕の大好きな観光地で遊ぶこととなっていた。
特に、都会で山に飢えた生活を送っている僕にとってしてみれば、霧島というチョイスはあまりにも絶妙である。山があり川があり温泉がありホテルがあり料理があり紅葉があり。

とあるテーマパークではカートを楽しんだ。
単なるゴーカートみたいなものを想像していたが、まったくそれは裏切られ、免許を持っていない僕がこんなのを運転しても大丈夫なのかと思えるような車を宛がわれた。

結局3回エンジンが止まり、2回スピンした。


ホテルは豪奢だった。
霧島というところでは硫黄のけむりがもくもくと至る所で噴出していて、その景色と硫黄の独特な匂いが良いのである。このホテルはその「真ん中」に位置しており、紅葉と硫黄の煙とが素晴らしい雰囲気を生み出していた。年取ったらこんな所に住みたいなぁとつくづく思う。

バルコニーに出れば霧島連山が間近に見え、淡い曇天の空と高地の寒さがくっきりと連山の威容を増していた。
僕は「芋の露連山影を正しうす」という飯田蛇笏の句を思い出した。
まさにこの景色の為にあるような句ではないか。(本当は違うけれど)


宴会は夜更けまで行われた。
僕はとにかく飯を食べることに夢中になっていて、何ら気の利いたことが出来なかったような気がする。
しかし、最後の最後で祖父の本音を聴くことが出来て、本当に良かったと思った。

主役たるじいちゃんばあちゃんは早々に床についたが、その息子たち(僕にとっては叔父)はまだ飲み足りなかったらしく、僕らもそれに乗じてカラオケに行ったりと、やりたい放題だった。

「楽しきことは良きことなり!」



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おとめまつり

横浜の赤レンガ倉庫で開催された「おこめまつり」に行ってきた。
その「まつり」のイベントの一環としてミルキィホームズのミニライブがあったので、もちろんそれを目当てに行った。

まるでカップルの為だけに造営されたような横浜は、前回訪れたときとても楽しかったので、是非また行こうと思っていたのだった。このライブはちょうど良い機会だった。
数えてみたら一年と三ヶ月も経っていたようだ。

昨日の荒天とはうってかわって快晴も快晴だった。
僕はみなとみらい線にのって終着まで乗ってしまったが、最寄り駅はもっと手前だったので、余計に歩くこととなってしまった。とはいっても結果的には、ちょうど良い感じに色づいた銀杏並木の通りを楽しみながら歩くことができたので良かったけれど。


このミルキィイベントにはもう一つ、抽選で選ばれたファンたちが、ミルキィホームズのよそおったご飯を手渡しでもらえるという謎(?)企画があった。
どうせ当たらないだろうと思っていたら、当たってしまった。倍率は7倍超だと思われる。
こういうのには縁がないんだよなぁと思っていたからとっても吃驚した。

それから急いでサイリウムを買いに走り(しかも結局使わなかったのだけど)、ちょっと違った緊張が沸き上がってきたのだった。

しかも座席は、一番前の真ん中という、これ以上ない好位置だった。


やがて4人が登場した。4曲歌った。



手渡しイベントでは、僕はみころんがよそおったご飯をそらまるから手渡しで受け取った。
「はいどうぞー」
「ありがとうございます」と言って、僕はふと隣を見た。みもりんがこちらを向きかけていた。次の人が来るのを確認しようとしていたのだろう。
その瞬間、僕は素早く、かち合いそうになった視線を逸らしたのだった。どうしてもその視線が一直線になることは、絶対に避けなければならないことだったのだろう。


みもりんが今期、「神様となってしまった女子高生」の声を演じているということが、本当に奇妙な符号のように思いなされた。



イベントはこうして終わり、あとはひたすら「おこめまつり」を楽しむだけだった。
僕はゆめぴりかという北海道のすごく旨い米を食べたかったが、90分待ちだった。「おこめまつり」なのに米が食えないとは!
しかしさっき手渡しでもらったご飯はとても美味しかった。

おかわりは結局出来ず、もっていたおかず券は2杯の日本酒と豚汁に消えた。
どちらも身に沁みるくらいにうまかった。

そのあとは赤レンガ倉庫を何周も飽きずにめぐり、適当な喫茶店に入って読みさしの『暁の寺』をひたすら読み進め、夜が来るのを待ってから外に出た。
だいぶ薄暗くなったあと、想像よりも遙かに横浜は寒くなっていて、たまらず僕は何かあたたかいものをコンビニに求めた。
150円で買った特製豚まんはこれまた生き返るくらいに温かく、美味しかった。


なぜ夜になるまで待っていたかというと、前回横浜に来たときにライトアップされた赤レンガ倉庫を撮りそこねてしまったからである。
赤レンガ倉庫は記憶よりも微かに仄暗くライトアップされていて、もうすぐ閉幕を迎えるところであった「おこめまつり」の会場が、何か焼け跡のような余韻を湛えていた。



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銀の粒

「まだ取りつけられたばかりで電気が灯っていない、並木にめぐらされたイルミネーションの電球一個一個が、周りの街頭の光を透いて、それがあたかも驟雨に漉された後に上枝(ほつえ)下枝(しずえ)にくっついた煌めく露のように見えた。これから徒な色彩を以て、華々しくそのなけなしの命を灯して夜の街を飾るはずの粒子たちが、天蓋から降り注いで黒い細枝(しもと)に貫かれて冷たく死んでいる雨粒を連想させるのは、いささか面白くもあり、奇妙な感じでもあった」

夜、バイトの帰り、道を歩いていると、ちょうどイルミネーション取りつけ作業が行われていた。
当然まだ電気は通っていなかった。しかし、その透明な電球が街灯に照らし出されて輝いているのをみたとき、ふと「雨粒っぽいな」と思った。
にわか雨が降った後に、晴れ間が来て、枝に残った雨粒がキラキラしている、あの感じである。
一仕事終えて帰るという、割合抒情的な気分の時に出会った光景。素直に「綺麗だなぁ」とか思った。



日常で「おっ」と思ったことを書き留めておく。
たまには何かに使えるものが生まれるかもしれない。


さて、これを57577あるいは575にするにはどうしたらいいだろう?

ことぶき

今日はとある演習授業で発表があった。
夜を徹して資料を完成させ、発表も無事に終わった。
しかも褒められた。大変珍しいことである。

発表が終わった後は寿司(もちろん回る方)を友人と食べに行った。
サーモンとネギトロばかり食べてたけどとても満足した。
ちなみにうっかりとった海老が400円だった。

友人からその後で、百人一首に関する本をもらった。
実に有り難いことです。

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右のページには、
「い爾(尓)しへ能奈らの/三やこ能八重佐くら/今日許ゝの遍二/耳本日/ぬる可那」
と書かれている。
「いにしへの奈良の都の八重桜 今日九重に匂ひぬるかな」という句である。
百人一首のなかで個人的にベスト5に入る句の一だ。
なお、4行目の「つり」に見える文字は「耳」である。「に」と読む。

三島由紀夫『奔馬』/初めて書く小説について

豊穣の海・第二作。
第一作『春の雪』が、恋の情熱に灼かれる少年の物語であるのに対し、この『奔馬』では忠の情熱に灼かれる少年が主人公となっている。

今回は、物語の中段くらいで大体の結末が予想できた。
たしかにその予想は大きくは外れなかったのだけれども、過程と結末自体の形はやはり僕を爽快なまでに裏切ってくれた。裏切られることが最大の幸福であるというのが、文学(それよりもっと大きい枠組みでいえば、物語)の一つの醍醐味ではなかろうか。

『仮面の告白』以来、僕の心の中で第一の小説家として君臨する三島由紀夫の小説を読んできたけれど、『春の雪』まではその美文を主たる魅力と考えてきたのに対し、『奔馬』を読み進めるにしたがって、その考えは改められたように思う。
とはいえこの作品をきっかけに、というのではなく、2度目に『仮面の告白』を読んだときからその根っこは既に形作られていたのだろう。
つまり、三島由紀夫の最大の魅力はその物語の構成にあるのだ、というその一点である。


…といって、彼の既に語り尽くされた魅力というものを僕自身の言葉で書き綴ってみたいという欲求は根強いけれども、まず三島を語るには僕はあまりにも彼の作品を読んでいなさすぎる。『金閣寺』『仮面の告白』『潮騒』『春の雪』『奔馬』、たった5冊では、「おまえ一体三島の何を分かっているんだ??」と言われても仕様がない。

僕がたった一言だけ言えるなら、それでも彼の作品は素晴らしいということである。
読んでて幸せを感じさせる文章を綴れるというのは、それはもうものすごいことである。本当にものすごいことである。不可侵である。不可侵だからこそ、その理想には到底近づけようもないからこそ、僕は彼を尊敬できるのだ。
「素晴らしさ」というのもまた、その全容がまるで分かりようもないからこそ、素晴らしいのではないだろうか。
その素晴らしさの正体を突き止めてみたいと思い、僕なりにこれからも努力し、また努力のための努力もするだろう。そして、その素晴らしさの正体がわかったと思ったその瞬間に、素晴らしさはもっと分かりようもない領域へと広がるだろう。(もしかしたらその予感こそが、素晴らしさの正体なのかもしれない)


抽象的なことばっかり言っててどうしようもないので、色々と僕が疑問に思ったこと。

・主人公の少年、勲に足りなかった物は何か?
・勲は最後どうしてあのような行動をとったのか?(血盟が云々→じゃあ一人でやれば…!ってことなのだろうが)
・勲の父親に感じる言いしれぬ不快感の正体は?

今回はとにかく「続きが知りたい!」の一心で読んだので、次はこれらの疑問をゆっくり考えながら読んでみたいと思う。

あと、この『奔馬』はまさに「三島事件」の宣言のようなものだったのだろう。
それをふまえて読んでいると、「ああ」と思う箇所も少なくない。

展開として最も唸らされた箇所は、槙子が勲との「最期の別れ」の描写を堂々と偽証するところであった。
勲は純粋性を守るためには、槙子が偽証をしたと断言せねばならない。
しかし槙子を罪に陥れるような真似は、勲には絶対に出来ない。
これほどの「究極の選択」を、どうして描けるのだろうか。嘆息するほかはなかった…。
そして何よりすごいのはその後の勲の弁解であった。必見である。



『澄んで光って、いつも人をたじろがせ、丁度あの三光の滝の水をいきなり浴びせられるように、この世のものならぬ咎めを感じさせる若者の無双の目よ。何もかも言うがよい。何もかも正直に言って、そして思うさま傷つくがいい。お前もそろそろ身を守る術を知るべき年齢だ。何もかも言うことによって、最後にお前は、《真実が誰にも信じてもらえない》という、人生においてもっとも大切な教訓を知るだろう。そんな美しい目にたいして、それが私の施すことのできる唯一の教育だ』








***



僕は今、ほとんど初めてといってよいかもしれないが、小説を書いている。
まだ書き始めてから一週間しか経っていないけれど、10000字をようやっと越え、多分この時点で今まで僕が生きてきたなかで(一つの「物語」としては)一番長い文章となっている筈だ。
そしてその小説はやっと「本題の序」に入ろうとしている。毎晩、家に帰って、これを書いている時間がたまらなく幸せである。

小説を書こうと思った一つの理由は、「大学生のうちに何か一つ成し遂げておきたい」という感情が強く強く募るようになったからである。大学生活は短い。おまけに金もない。この期間に成し遂げられることには限りがある(そして、畏れながら言えば、人生においてもそうなのだろう)。「ほしい物リスト」から実際に手に入れることが出来る物は、予想以上に少ないはずなのだ。そう考えるといたたまれなくなって、こうして親しみのある「文章を書く」という行為に自身のなにごとかを託してみたかったわけである。比べるのも憚られるが、三島由紀夫が自身の死を前に、形見となる大長編『豊穣の海』を書こうと思い立ったように。


もう一つの理由は、「読む」という行為に新たな視点を自分に附与してみたくなったからである。
「読む」というのは極めて難しい。そして驚くほど正解が多い(人それぞれだ)。何を重視して読むのか、読むという行為の周辺事項には何があるのか、などなど…。
ある作品を「素晴らしい」と言うとき、僕はその裏で仄めく、「素晴らしいと言い条、僕にはこの作品の何を理解しえているのだろう…?」という想いを無視できなくなってしまったのだ。
もちろん先述の通り、「わからないこそ素晴らしい」というのも一つの答えではあるのだが、それは理解しようとすることを已めることを意味するものでは当然無い。

さて「読める」ようになるにはどうしたらよいのだろう。文学評論を読みあさるのも良いかもしれない。背景にある思想を学んでみるのも良いかも知れない。僕が思ったのは、ここは一つ、自分自身でいっちょ小説でも編んでみるのがいいんじゃないのか?ということである。作り手にならなくても読めるようになることは、多分できる。(そうでないと小説家以外は読書家たりえないということになってしまう。)しかし、たとえちゃちな物でも、自分に「作り手の視点」というものを持ってみることで、少しは理想となる読み方というものに近づけるのではないか?と思った次第である。

そして実際小説を書くというのは存外難しいことであった。
物語の展開はどうするのか?書き出しはどうするのか?伝えたいことは何か?それを正確に伝えるのにはどうしたらよいか?風景描写は?それ以上に心理描写は?登場人物はどのような役割を作中で果たさなければならないのか?伏線はどんな風にさりげなく張ろうか?迷いは次から次へと湧いてくる。僕は小説の書き方など何も知らない。作法も理論も知らないし、経験値もない。しかし、多分平均よりはあるであろうといった程度の読書歴を元手として、手探りで書いてみる。それが楽しくてしょうがないのだ!

当面の目標は、これを書き上げることである。それが最終目標ではないけれど、ともかく、完成させないことには始まらない。それによって、何かが変わればいいなと思っている。



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みかきもり

Author:みかきもり
みかきもり/翠凜/りぬす

「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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