おいでスペクタクル!

6月29日。有楽町にある東京国際フォーラムで、ミルキィホームズのライブツアー2013(おいでスペクタクル!)の最終公演があった。
ミルキィホームズのライブに参加するのは、横浜おこめまつり以来4度目。
東京国際フォーラムに来るのはKOKIAのライブ以来2度目となる。

はじめに新キャラ2人の中の人がマエセツをしたあと、本番スタート。
アニメイトで適当な安物のサイリュームを買ってしまったせいか、開幕してからすぐに、というか開幕する前から光が大幅に弱ってしまったのは残念であった。

いつものことながら、最初は中々乗り切れない。こういうところですぐにみんなで楽しめないのが自分の悪いところである…。
もちろん、時間が経つにつれてだんだんとそういう妙な緊張は解けていくものであり、最後は跳んだり跳ねたりしていた。数曲やってちょっと小芝居して(ちなみにメタ発言が多い)また数曲歌って、そんなリズム感が心地よくて楽しくて、まるでディズニーか何かのミュージカルを見ているようで、そうして自然と惹きこまれていく。

印象に残った場面は、序盤の「劇団おばけ」ダンスとか、そらまるが小林幸子みたいになって歌っているところとか、プロレスラーが緊張していたところとか(そういえば助けてミルキィホームズの下りは何だったのだろう?)、ペコちゃんが唐突にサプライズゲストとして登場したところとか。もちろん終盤の社長降臨も面白かった。
しかし最も面白かったのは、みもりんのキレッキレのダンスをこの目にすることが出来たはずの「グッデイ・エブリデイ」で、みもりんがまさかのパンダ(場末の遊園地によく放置されがちなアレ)に乗って動きながら歌いだしたこと。「あさですー」とか言ってる場合じゃない。
(※元ネタ? http://stat.ameba.jp/user_images/20120324/21/mimorisuzuko/88/b2/j/o0480085411872061123.jpg
それにしても笹食ってるみもりんは遠くから見ても、途轍もなく途方もなく可愛かった。きっとたい焼きを食べているときと同じような表情をしていたことだろう。

「勝利ノキズナ」が流れ出したときは肌がゾォォっとなった。
「正解はひとつ!じゃない!!」は相変わらずの吸引力。QED!!!

…ライブが終わった後はいつものように壮大な虚無感を抱えながら、一緒に歌い踊った大学の友達と飲みに行った。前途は多難だけど、こういう日があるから頑張れるということだな。


あ、みもりんのてへぺろ最高だったな…。

翠緑のブローチ

11月某日の、とあるライブでの出来事。
どうしても書きたくて書いた。これを2012年締めの記事として、よいお年を。


***

 無作為によって資格を得た私は、壇上に立った。
 私はごく儀礼的な会話で、「手渡し」という謎の儀式を無難に済ませ、帰るために右へ歩み出した。まさにその刹那に、ちょうど次に来る人を確認しようとし、こちらを向きかけ、私の姿を確認しようとしている彼女の姿が目に入った。

 日頃は彼女を偶像(idol)としてしか見ることの出来ない我々に与えられた、多少の代償を払ってでも手に入れたい機会。それを手中にした人々の中でも、この「手渡しイベント」を経験する権利を得られた人間は少なかった。私はその夢のような経験の最中にあった。結局私は彼女から「手渡し」される幸運にあずかることは出来なかったが(彼女が所属しているグループの、他の人から「手渡し」されたが、それでも満足だった)、私はそもそもそこまでのことは最初から期待していなかった。ただ視線が合えば嬉しいなということは、壇上に上がる前には漠然と考えていたのである。私はライブで彼女の姿を見るためにここに来ただけなのであって、手渡しイベントに当選するなどということは全く期待してはいなかった。彼女のファンならば誰しもが夢見るはずの、視線の邂逅。あこがれの人と視線が合うというのは、言うまでもなく圧倒的な喜びであるはずだ。そんな視線を合わせるといったごく単純なことさえ、運良く選ばれた人間にしか許されていなかった、そして、私はこの瞬間だけはそれが出来る数少ない人間だったのだ――しかし私は瞬間的に、ほとんど稲妻が走るように、まるで絶対的な拒絶のように、視線を逸らしたのだった。互いの視線が一直線上になるなんてことは、絶対にあってはならないことだった。なぜならばそれは限りなく畏れ多いことだったからである。

 まさに、その時私を支配していたのは「畏れ多さ」だった。
 彼女はまさに私が壇上に上がるまで、遠きに有りて思うものであった。そこにあったのは何ら疑問が差し挟まれる余地のないほど徹底した関係性であった。それがどうしたことか、この日の気まぐれな無作為は、私を選んでしまった。なんて残酷なことだろう!私は彼女の近くにいくことが出来るという、計り知れない僥倖を図らずも得てしまったのだ。果てしない僥倖というものは、つまり果てしない畏れ多さに繋がっている。
執行日当日の死刑囚のように、壇上に引きずり出された私は、そこで天にあるはずの神たる存在と対面する権利を得た。その瞬間から、日常ではなんら意識していなかったはずの、私の心に根深く巣くっている卑しさが、ここで天日にさらけ出されてしまった。私みたいな矮小で卑小で、下劣で穢れた人間は、絶対に彼女の近くには、1秒たりとて居てはいけない。そんな考えが急激に私を支配した。しかしその一方で、私はこんな幸せを手放そうとはしなかった。もはや後戻りは出来なかった。
 距離が近づけば近づくほど、私は自身をただの汚い惨めなヘドロのような物体だと思いなした。彼女はまさに「絶対的な神様」であったのだ。文字などというものをまるで媒介せずに、これほど私の中身を忠実にくりぬいて眼前させ、したがって私をひれ伏させる存在。しかしその存在の生み出す偶像が、常に私に一定数の癒しをもたらす、そんな存在。それを神様と呼ばずして、なんと呼べるだろう。ともあれ、そんな存在と目を交わすなどということがあってはならない。私の姿がまかり間違って彼女の視界に入ってしまうことがよしあったとしても、私の目線までもが彼女の目線と邂逅してしまい、したがって私の存在の何事かが彼女の認識にほんの少しでも、一瞬の間でも介入してしまう・影響してしまうなどということは、断じてあってはならなかった。それこそ神への決定的な冒涜である。神を侵してしまうことになる。偶然は、距離の近さまでは認めたけれど、視線が合うことまでは認めていない。私は偶像破壊者(iconoclast)にはなりたくなかった。
……そしてそんな、あまりにも歪で奇怪な畏れ多さは、選ばれた人にしか味わえない、垂涎のものなのであった。


 しかしその一方で、単純な距離の近しさ、そしてその後の視線のいたずらな駆け引きというものは、彼女に以前抱いていたものとは別種の感情、それは言うなれば、微かな親近感(親近感、というよりももっとずっと淡いものであるが、便宜上「親近感」と呼ぶことにする)を抱かせるのには充分であった。つまり、近づいて見ることによって、単なる偶像だった彼女は、今や一人の女の子、一人のお姉さんとしてそこにいた。たとえば「まだ喋ったことのない、同級生の女の子」のように。何らの直接的な関わり合い(たとえば義務的な会話や、偶然の接触)もないのだけれど、ただ教室が一緒だったという、偶然によってなされた単なる空間の共有が、のちのち不可思議で淡い親近感を抱かせる、……彼女はその親近感の対象の一人となった。
 その象徴はまさに彼女が抱えている(と本人が言っている)「人見知り」なのであった。あの視線の迸りの未遂は、彼女が人見知りであるという情報が実感となった瞬間でもあった。麗しく慎ましやかに宿った睫が、ゆるゆると浮揚する瞬間に、私はその特権的な繋がりを得たのだった。私は彼女の「人見知り」を知ってしまった。「人見知り」とは、なんと人間的な感情だろう!人間への回帰。堅い樹皮が割れて沁みだした樹液のように、それは生命的であった。…たとえ僕が垣間見たものが、彼女ではなく実は僕自身の「人見知り」だったとしても。

 偶像は遠くからその美しさを賞美するものである。偶像と私との間には、「一方的に見続ける」という関係性しか成り立ち得ない。あるいは、その偶像といつか邂逅することを夢見るという関係性。まさにこの一方向性という特殊性によってこそ、私はこのような関係性に普通は課されている、自身へ内省を求める義務を免除されていたのだ。だからこそ私は白痴のように無邪気に、偶像を愛でていられるのだ。だからもし、その美しき偶像が、光を存分に艶めかしく踊らせた目で、私の目をみたら?――それは考えるだけでぞっとすることである。その視線は今後絶対に、私と偶像との間に横たわっている一方向的な関係を許さないだろう。すなわち、偶像は偶像でなくなって、私に絶望的なほどの内省を、手の施しようもなく汚穢なる自分自身への反省を迫るだろう。私は偶像を眺めていたときのような漠然とした愛情、相手が偶像だからこそ許される、激烈であてどない、そして未完結を運命づけられた、それを持っていることが不運のように見えて実は限りなく幸運であるところの、「愛情」を失うことになるだろう。そのかわり手に入るのは、等身大の、つまり相手を愛するために自分の存在に対して一切の妥協を許してくれない、つまりこの世のどこにでもある恋愛感情を手に入れるきっかけ(先ほどの淡い親近感のようなもの)なのである。それは単なるきっかけでしかないけれど、そんなきっかけを仮に掴んでしまえば、私に自然に具わっていた自制は失われてしまうだろうという恐怖が生まれた。それは濃淡こそあれ日常において常に玉響のように揺曳する、穏やかな激情である。それはシンとして凪すらしない湖の水面のように平らかなのに、私の日常を急流の水のように浸食していく。それを彼女に感じた瞬間から、何かしらの崩壊が免れ得なくなってしまうのだ。ただ眺めるだけで幸せだった日常(不思議にも当人はそれを不幸せだと思っている)は、こうして唐突な幕切れを迎えることになるだろう。

 単なる偶像を偶像のままに絶対的な神っぽく仕立て上げるのは容易である。しかしその偶像を「一人の同級生の可愛い女の子」のように思いなすことは極めて難しい。つまりこの親近感こそが、私が彼女に近づけた、畏れ多くも近づいてしまったという最大の証となるのだ。何がそれをさせたのか?もちろん私の意思ではなく、単なる無邪気な無作為が、である。

 しかし結果的には、私はこの意思の不随意を止めることは出来なかった。
 というのは、視線は結局かち合わなかったが、それでも「かち合いそうになった」という程度の事実ですら、私(というよりは、私と彼女との関係)を浸食するに充分であったということである。つまり視線の邂逅は決定的な要素ではなかったということになる。彼女は偶像の外殻を、羽化するように飛び出して、「唯一無二の神様でありながら、一人の可愛い同級生」という二面性を獲得したのだった。そういえば今、彼女は「神様となった女子高生」という役で声を演じている。なんと奇妙な符号だろう。今や私は彼女を呼び捨てで呼ぶことがとてつもなくためらわれるようになってしまった。神様を呼び捨てにすることが禁じられているように。そして同時に、まだ会話のない同級生を呼び捨てにすることが躊躇われるように。
 視線が合おうと合うまいと、どちらでも変わらなかった。というよりむしろ、視線が結局「合わなかった」ことによって感じてしまった彼女の人見知りさ(と思われるもの)が、偶像だった彼女に人間としての一面を獲得させてしまい、その結果私は彼女に等身大の模糊とした恋愛感情を抱くきっかけを手にしてしまったのかもしれない。いずれにせよ、無作為が私を汚泥から引きずり出した瞬間に、関係性は変容を運命づけられてしまったのだ。

 しかしそれにしても、「絶対的存在としての神様たる、一人の女の子」という存在を仮構する感情というのは、結局は、単なる「思春期の少年が抱くような淡い片想い」なのではないだろうか?たまたま同じ教室になった女の子を、まるで神様みたいに崇拝したがる、そんなありがちな青い恋の形態。

 さてこれは今後、発展していくのだろうか?その可能性は、地球の自転が明日止まる確率よりは低いだろう。それが為されるには具体的な実行――さらなる邂逅、空間と時間の共有が必要不可欠となってくるからだ。自身の妄想だけでその淡い片想いが具体的な発展を成し遂げることはあり得ない。それが実際とは違うところなのだろう。事実、私が恐れていた「帰結」の希求は、結局は一瞬芽生えたきりで、この邂逅から数日もしないうちに、幸運にも(そして不幸にも)再び影を潜めてしまったようだ。
 そもそも、そこまで自分を卑しく考えている人間が、果たしてそんな感情に向かって、奔馬の如く疾駆しただろうか。わからない。極端に自分を卑しい存在だと考えている人間ならば、誰かを等身大でぼんやり好きになることどころか、そのきっかけを掴むことすらも罪だと考えるはずではないだろうか。ならば関係性の変容などそもそも起こり得ないはずではなかったろうか。私は何を恐れていたのか。私は偶像に人性が宿ったからといって、そこから実りようもない恋におちるような人間ではないはずだ。――もしかしたら私は、不随意で理不尽な熱情に引き摺られることを恐れていたのではなく、私の「卑しさ」が犯されることをこそ、恐れていたのではないだろうか?


 もちろん、具体的な発展すなわち「彼女を等身大に見る」というレベルでの恋というものは、彼女に対してこそ望むべきでないのだ。彼女が私と等身大になるということは2つのうちどちらかを意味する。すなわち彼女が堕天して、私と同じくらい卑しくなってしまうということか、私が自身の卑しさを、したがって自身の本質を、自身の存在の根源・確証を失ってしまうか、ということを。どうやら私はケガレそのものとしての自分を限りなく忌避したいと思っている一方で、そんな自分を思いがけなく発見できたことと、その汚さこそが私を私たらしめているという、一種の文学的な考え方を思いがけなく体得できたことを、嬉しくも思っているらしい。

 ただ今は、「選ばれる」ことなど無いといつしか決めて生きてきた私に、夢のように突然訪れた偶然的な僥倖と、その恐怖と、思いがけない発見とを、懐かしく振り返るばかりである。



夜はミルキィ、歩けよ京都

さる9月22日、京都の平安神宮でミルキィホームズライブがあった。
ファンクラブ会員たる者としてこのライブに参戦しないわけにはいかない、ということで鹿児島から京都を経由して東京に帰ることとなった。
もちろん、学生という身分の内に京都を訪れたいという思いも強かったというのもあった。

21日、鹿児島を電撃訪問した北海道の友達とともに鹿児島に別れを告げ、鹿児島中央駅から新幹線に乗り込む。
新大阪で乗り換えて京都につくまで5時間かからない。
もっとも飛行機で行けば圧倒的に早く行けるのだが、やはり飛行機は多少怖いし、予約も面倒だ。
そういう意味で新幹線は便利なのである。

さて、4年ぶりに京都に降り立ったときはだいぶ日が落ちている頃合いであった。
京都駅から地下鉄を乗り継ぎ、当初泊まる予定だったホテルのある京阪三条駅で降りた。
そこから歩いてわりとすぐのところにそのホテルはあったのだが、色々あって結局止めて他の宿を探すことになった。

荷物をコインロッカーに預けたあと、身軽になった僕達は不意にテンションがあがり、外を散策することにした。
三条大橋の眺めすら僕という野暮ったい人間を魅了するには充分すぎるものであり、鴨川に等間隔に配置されているカップルすらどことなく微笑ましく思えた。
飯屋を探しがてら、僕達はまず木屋町を歩いた。「夜は短し歩けよ乙女」という小説にもたびたび登場する飲み屋街である。

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木屋町では手頃な飯屋は見つからず、(結局どこだったか、有名なお店なのだが名前を失念した)四条河原町かどこかの店に入った。
日頃飯代に1000円以上の額などまず出さない僕も、このときばかりは奮発した。1500円くらいなら余裕であった。
というわけで鶏のグラタンコースなるものを頼んだ。
味は「普通だったけど美味しかった」。

そのあともひたすら散策。足に出来た豆など気にしない。
僕達はまず先斗町へと向かった。
先斗町は僕がかつて旅行した中でも屈指の印象を残している場所だった。
今回歩いたときは流石にそこまでの感動は無かったけれど、無論素晴らしい風情に変わりはなかった。

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先斗町の後は八坂神社。
かつて家族で京都を旅行したとき、この神社に初詣に行こうとしたのだが、人があまりにも多くて断念した…という記憶がある。それもそうだ、京都府では伏見稲荷大社につぐ多くの人がこの八坂神社で初詣をする。
そんな人混みに突っ込んでまで初詣したいかねぇ、田舎者にはよく分からない。

八坂神社は夜も解放されている。友達曰く「深夜には怪しい宗教団体が会議をここで行っていることがある」とのこと。
流石に今回はそのような光景は見られなかったが(忌まわしいカップルはたくさんいた)、境内を進むにつれて何やら異様な雰囲気。垂れ下がってる柳が怖い。
といっても、結局本当に怖いのは幽霊なんかじゃなくて人間なのですが。

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そのあとラウンドワンでQMAに興じた。
京都まで来て何を、という意見ごもっともであるが、それもまた一興。
ちなみにミルキィ関連のアカウント名の人もまた京都でプレーしてて笑った。

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この日は結局ネットカフェにとまった。
ネカフェに入るのは人生で2度目である。1度目は3年前だったか、まさにそのとき、その場所で、僕はいわゆる「アニメオタク」という世界に嵌るきっかけをつくってしまうのだが…
無論とまるのは初めてである。

この夜は「悪の華」とか「天牌」とか「I"s」とか読んだ。
隣の人はAVの音がだだ漏れで、よく眠れなかった。


22日。とにかく眠い。
午前は何をしたか覚えていない。八坂神社で天ぷらそばを食べた。薄味はあまり好みじゃないなぁと思った。
そのあとどうしてか糺の森に行くこととなった。糺の森はよくQMAに問題として出てくるのだ。
バスに乗るのも良いが、どうせなら歩こう、…と思ったのが間違いであった。
予想外に遠く、足が痛くおまけに眠い僕にとってはかなり辛かった。
しかも糺の森についたところで「ふーん」という感じだったし色々とまぁ…でもかえってこういう思い出が後々残るんですよねぇ。

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近くを「泉川」という綺麗な小川が流れていた。
てっきり「みかのはら湧きて流るる泉川~」のそれかと思ったが、どうやら違うらしい。
百人一首で出てくるところの泉川は今の木津川だそうな。

糺の森ではしるこを食べた。「まぁこんなもんか」と思った。
(「まぁこんなもんか」という言葉は大好きです。とくに麻雀の時に重宝する言葉ですね)

それから電車に乗って四条にもどり、新京極のアニメイトによってサイリウム(ルミカライト)を買おうと思ったのだが、ものすごく人が多かった。秋葉原でもここまではいない。
やはりアニメフェアだとか何だとか、その影響だったのだろうか。もちろん僕達の同志たるミルキィライブ参戦者や、その翌日の水樹奈々ライブ参戦者もたくさんいた筈である。
結局サイリウムはその近くの100円ショップで買った。僕はピンク、緑、青、黄を買った。

僕はとにかく眠くて死にそうだったが、ライブ会場の平安神宮についたときは流石にテンションが上がった。
開場が遅れていて、門の隙間からリハーサルをやっている4人の姿が見えた。
その間ぼくたちはライブのグッズを買った。限定手ぬぐいのシャロが滅茶苦茶かわいいなと思いました。眠気が一発で吹っ飛びました。でも中の人ももちろん以下略


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30分遅れで開場し、中に入ってびっくりした。
なんと前から3列目という絶好のポジショニングである。素晴らしい!これなら4人の表情まで見られるというもの。「これがファンクラブの力や」などと隣でみころん登場を心待ちにしている友達に嘯きつつ、内心「こんなに前列だとガチ勢多すぎて怖い」などとびくびくしていた。

やがてついに陰陽師スタイルの4人が登場した。沸き上がる会場。
そしてみんなで2礼2拍手1礼(シュールすぎですね)。平安神宮でライブなのだから、これくらいは当然せねばならないだろう。
一曲目は言わずと知れた名曲「正解は一つ!じゃない!!」である。
ブンブン光る棒を振り回しながら「キューイーディー!!!」と叫ぶ爽快さよ。ジャンプ禁止でも、全然盛り上がれました。
あとは4人が牛車?に乗ったりなんだったりとナゾ演出もありました。

3列目とはいえそこまで4人の顔がはっきり見えたわけじゃないけれど、やはりみもりんは可愛いということで。というよりみんな可愛かったです。嗚呼。
しかし3列目でこれなら後ろの人は…。

アンコールでなぞなぞうーいぇいいぇいとパーテーパーテーを歌い、終演。
1時間30分も無かったように思う。短いのはある程度わかってたけれど、もう少し楽しみたかったな、という思いも否めない。


楽しかった時間はあっという間に終わり、その余韻に浸りながら2人で秋の京都を歩く。
コンサートの後というものはいつもこんな感じになる。切ないというかやるせないというか。だからこそ次のライブまで頑張ろうと思えるのだろう。

ちなみに次のライブは1月2日だそうな…十中八九行けないなぁ…

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それからまた先斗町を歩いたり、祇園を歩いたり、鴨川沿いを歩いたり。
京都は夏暑く冬寒い(よく考えたら至極当たり前のことだよなぁ)と言われるが、それにしてもちょうど良い時期に来たものだ。よきかなよきかな。

この日も同じネカフェに泊まった。この日は爆睡できた。


23日。爆睡しすぎてシャワーを借りられなかったので、銭湯に行くことにした。
伏見稲荷大社に行くことになったので、伏見区の銭湯へ行ったのだが、よくよく調べてみると伏見稲荷大社は伏見区にないという衝撃の事実が判明した。
しかしどうせ朝風呂可能な銭湯などそうありはしないのだ。というわけで、石田駅で降りてその銭湯まで行った。

よく考えたら京都に来て初めて体を流す。実にクサイ。
久しぶりの風呂ってこんなに気持ちがよいものなのだなぁと身にしみる思いだった。
銭湯には入れ墨をびっしり入れたヤクザもいたが、いかにも京都らしい。

それからJRで伏見稲荷大社へ。狐とか千本鳥居とかで有名な神社である。
千本鳥居も良かったが、夜訪れたらもっとずっと風情があったろうになぁ。
それよりも周囲の商店街が素晴らしかった。ウズラを焼く匂いや煎餅を焼く匂いが実によろしくて、僕達は鱒寿司を食べたり煎餅を食べたりした。

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ARIAの1巻を思い出す。


それから、ミコイ大好きで競馬大好きな友達の強い意向で、祇園のWINS(馬券とか買うところ)へ行った。
僕は最初、1番人気の馬の複勝を100円だけ買い、当たった。
馬券が当たったのは人生で初めてである(といっても馬券買ったの3回目くらいだけど)。意気揚々と払い戻し機に行き、160円もらった。60円の勝ちというわけである。うまい棒が5本買える。場所によっては6本買える。

そのあと本番とも言えるレースで、僕は「ルルーシュ」という馬に単勝500円を賭けた。
この馬は1番人気であり、つまり期待が高いということなのだが、負けてしまった。
どうやらギアスは効かなかったようだ。

僕達は敗北の余韻を引き摺りながらかき氷屋(?)に入った。
かき氷800円とかパネェと思いつつ、まー場所代ということで頼んだ。味は美味しかったです。普通に。

それから、名残惜しさを堪えつつ僕達は帰ることにした。
京都駅でワンセグをつけ、日馬富士の優勝を見届けた後、新幹線に乗り、東京に帰ってきた。
東京はあのいつ終わるとも知れぬ残暑はどこへやら、すっかり秋でむしろ寒いくらいであった。

そのとき僕は、「ああ、頑張ろう」と思えたのである。


ミルキィライブin武道館

ついに武道館でミルキィホームズのライブが開催された。

(僕にしては珍しく)4人で行ってきた。
現地集合ということになったので、両国で謎の力士出待ちをしたあと、九段下へ向かった。
僕にとって初めての声優ライブである。

武道館に入るのも無論初めてだった。
意外と狭くて、2階席だったのだけれど、これだと案外近く見えるかもしれないなと思った。

僕より先に着いていた、語学のクラスで一緒だったという間柄の人は、こういうライブに行き慣れているらしく(そういうそぶりは去年一年間一緒だったのに全く無かった)、色々な話を聞くことが出来た。
僕はサイリウムを買ってなかったし、買うつもりも無かったけれど、やっぱり買おうかなということでボッタクリ価格のサイリウムを会場内で買ってきた。
とりあえずピンク色と青色を買ったけれど、あとから思えば緑と黄色も買っておくべきだったな。

開演は17時。
正直相撲の優勝争いが気になって、開演を待つ間にワンセグでちらちら見ていたが、11分頃に会場が暗くなった。
武道館がどよめき、サイリウムが光り始める。

一曲目は「ナゾ!ナゾ?Happiness!!」
なぞ!なぞ!なぞ!なぞ!なぞ!う~いぇいいぇい!

会場のボルテージが突然マックスになって(それはそう)、僕はただ立ち上がったままサイリウムも振らずに4人を目で追っていた。

2曲目からは既に知らない曲だった。
会場でアドリブでのれるとはいえ、予習しておくべきだったと後悔。
楽しむための努力は惜しむべきではなかった。
ぼんぼん振られる無数の光の束を見ているうちに、突然ラテン語の「e pluribus unum」という言葉が浮かんだ。

多数で出来た、一つ。

何曲目かまでは控えめにサイリウムを振っていただけだったが、三森すずこのソロ「グッデイ・エブリデイ」になると会場がピンクのサイリウム一色になった。

「朝ですー」

僕は突然狂ったようにピンクのサイリウムを振り始めた。
PVのみもりんが可愛すぎると同時に、「いま」「ここで」歌っているみもりんも途轍もなく可愛かった。
「みもりぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん」
僕は叫んでいた。

知らない曲が続くなか、アルセーヌ様役の明坂聡美やココロちゃん役の南條愛乃が登場しつつ(ここでも歓声が凄かった、そして明坂さん可愛かった)、いよいよあの歌に向けてテンションが漲ってきた。


「正解は1つ!じゃない!!」

前奏が流れた瞬間、みんなが立ち上がった。
この曲のノリの良さは何なのだろう?凄まじく楽しい曲だ。


問・題・解・決!!


流石にこの曲では容易に合いの手を入れることが出来て、それはもう爽快であった。
本当に爽快だった。気持ち良すぎる。ライブって楽しいなぁ。

サプライズゲストでDAIGOが来たり、アンコールが2回行われたり、
そんなこんなしているうちに、あっという間にライブは終わってしまった。


そういえば、なぜこういったライブでは拍手が目立たないのだろう?と思っていたけれど、サイリウム持ってると拍手出来ないんですね。だから「Foooooo」と口で言うんだなぁ。


正直これほど楽しいとは思ってなかった。
4人とも好きだけど特に三森さんが好きな僕は最後はずっとみもりんみもりん言っていたような気がする。
ここで言っておかないと…ねぇ。

僕が次にこの4人に会うのはいつになるだろう?
もう2度と目にすることはないのかもしれない。
ライブというのは、そんな観照でもってグッと楽しくなる。(唐突すぎるが、浜田省吾はそれを知悉していて、ゆえに彼のライブは現実への帰還に著しく支障を来すほど楽しい)

本当に楽しかった。
そして、もっと楽しみたかった。もっと楽しむべきだった。
次があれば…もっと楽しめるように頑張る。



…ライブが終わったあと、サイゼリアで爆安のワインを飲みまくって、いや言うほど飲んでいないはずだが、酔った。
二日酔いがあると無駄に早起きになる。そして金環日食を待ちつつ、こうしてこんな文章を書いているわけだ。

カバンをあけたら、光を失った2本のサイリウムが転がっていた。


プロフィール

みかきもり

Author:みかきもり
みかきもり/翠凜/りぬす

「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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