黒部・飛騨旅行 -黒部ダム編-

小学以来の友達と黒部ダム・飛騨高山・松本を2泊3日で旅してきた。
黒部ダムは、学生のうちにどうしても一度は行っておきたかった場所なので、念願が叶った形である。
飛騨高山はちょうど1年と1ヶ月ぶりである(http://metroaqua.blog52.fc2.com/blog-entry-843.html)。

新宿から高速バスで信濃大町駅まで行き、路線バスで扇沢、そして扇沢からトロリーバスで黒部ダムに到着。
扇沢についた時点で、ひんやりした冷気と霧がかった山々の雄壮な眺めに感動しっぱなしだったが、黒部ダムはやっぱりもっと凄かった。こんなに超絶な奥地に、これほどの巨大な人工物があるというのが、なんだかとてもシュールだった。すぐ目の前には立山連峰。迫力満点である。

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放流(観光放水)が17時までとのことで、間に合うかどうか気がかりだったが、結局は間に合ったので良かった。
自販機でホットコーヒー、次いでホットココアを買って飲んだ。黒部は高地独特の爽やかな寒さで、ホットココアがとても美味しく感じられた。友達からタバコを一本もらって吸った。空気が美味しければ何でも美味しく感じられる。

全国的に雨が続いているということで、天気に関してははなから期待していなかったのだが、私たちが来たちょうどこのタイミングでは晴れ間が見えて嬉しかった。

100人を越える犠牲者を出しながら建設された、日本史上屈指の大事業である。畏怖を覚えずにはいられなかった。

帰りは信濃大町駅ちかくのホテルで一泊。
大町温泉郷で入った「薬師の湯」が大変素晴らしかった。温泉最高。

高山・氷見旅行 ー4日目ー

高山を出て東京に着くまで、手書きのメモ書きは残っていない。
このあたりはもう旅情というものがどうでも良くなっている期間。

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名古屋駅前。

名古屋では安いホテルを取った。とあるレビューには「人生で最悪のホテルです」などと書かれており、逆に彼をしてそこまで言わしめるホテルというのはどんなものなのかと思い、ここにした。
冷房が下に付いてて冷気が上に行かないとか、電気のスイッチがないとか、壁が薄くて隣の馬鹿騒ぎが丸聞こえだったとか、色々欠点はあったけれど、これで「最悪」などと烏滸がましい。素泊まりするならこのくらいで充分だろう。

ここで大きな虚しさが襲ってきた。
どんな旅であれ、それが終わりに近づけばその手の虚しさ寂しさを感じるものだが、やっぱり慣れない。しかしこの虚しさを感じることができるからこその「非日常」なのであり、虚しさのない「非日常」などは単なる日常と何ら変わりない。こういう虚しさは、「非日常」を楽しんだ代償なのだと、そう割り切ってやり過ごすしかないのだろう。そうして旅を終えた人は日常に回帰していく。旅行とは結局、日常を生きる人のための営みなのである。

翌日。ただ帰るのも芸がないと思い、犬山城に行こうと考えた。
別名「白帝城」。QMAの文タイにも出てくる(そしてけっこう刺さる)。

名鉄名古屋駅→犬山駅。

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春行けば桜も咲いててより風情があったのだろう、もとい夏でももちろん風情はあったのだが、何よりも本当に暑かった。正直暑くてへばってて、優雅に国宝の白帝城を鑑賞する精神的ゆとりがなかった。機械的に上階にあがって、階段が急峻で怖いなぁという感想だけを持って、降りた。しかし木曽川からの風は涼しくて気持ち良かった。

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一応、観光客用の帳簿に意味不明な文字列だけは残しておいた。

それからは、豊橋駅で大あんまき(すごく美味い)を食べ、夜に東京駅に到着。
高山市も氷見市も本当に良いところだった。いつかまた訪れたい。

今回の旅行で得た教訓はただ1つ。
非日常で一期一会を感じることは誰にだって出来る、だから日常においても一期一会を抱えて生きていかなければならない、ということ。それを再確認するために、人は旅をするのかもしれないなどと思うのだ。

ちなみに今回、非常に軽易な荷物で旅をした。持っていけばよかったと思ったのは『氷菓』の文庫本と、身体をこするタワシくらい。時刻表は正直必要じゃなかったかも(かといって損でもなかったが)。
次回は18きっぷ北海道の旅かな。楽しみにしておこう。

高山・氷見旅行 ー3日目ー

3日目。最終日に高山から東京に帰るのは新幹線でも使わない限り辛いだろうと考え、この日に高山をあとにし、名古屋か岐阜で一泊することに。

とはいえ高山を出るというのは本当に寂しいものがあった。
富山で一泊しなかったのは、つまり3日目で富山から高山に戻って且つ高山から名古屋へ、という行程がきつかったからだった(今思い出した)。かといって3日目に富山→高山で一泊して、というのもさすがにキツイ。

というわけで、名残を惜しむように、初日2日目歩いたルートをまたも歩く。

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おそらくは高山祭の屋台が格納されている屋台蔵。

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飛彈牛握り。これは2貫で500円。
うまいんだなぁこれが。


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これは『氷菓』にも出てきた喫茶店・バグパイプ。当初は予定に入ってなかったけど、せっかくなのでここでコーヒーを飲んだ。(撮影の許可は頂いてます)
近くに置いてあった「箱入り娘」というパズルにひとしきり夢中になってしまったが、結局解けず。ググったら最短手筋が81手だったか。無念。

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鍛冶橋交差点。
イリス先輩が「茶を飲むだけの時間をくれないか」と言ったのは確かここ。


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そして「古い町並」に戻り、いろいろお土産を買い、また「かつて」に行ってしまった。
チーズケーキとクリームカフェオレを食べた。美味かった…。次はいつここに来られるだろうか。


それから、下呂での花火大会に向かう浴衣姿の女子高生の群れとともに、僕は高山市を出発した。

高山・氷見旅行 -2日目後半-

というわけで、氷見市へ。
富山県氷見市は日本海に面していて、ブリで有名らしい。

行程:高山本線を乗り継いで、高山駅→猪谷駅で乗り換え→富山駅
富山駅から北陸本線で高岡駅へ。高岡駅から氷見線で氷見駅まで。

トンネルと木々の中を進み、1時間かけて到着したのは猪谷駅。岐阜から見て最初の富山県の駅であり、つまり自身初の富山県である。北陸というものに長年憧れていた僕にとっては、なかなか感慨深いものがあった。

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ここで乗り継ぎの関係で、40分ほど待つ。
車内でぼーっとしているのも退屈なので(停車してるから)、駅を出てみると神通川が流れていた。

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ひとしきり駅周辺と駅校舎内を探索したあと、電車に。
富山駅で乗り換えて高岡駅、高岡駅から乗り換えて氷見駅。

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ついにここまで来たか。
折り返しの電車は9分後に出る。それを逃したら1時間後。9分間の間に日本海でも眺めて帰るかー、と思ったが、思いの外に海が遠い。このままでは間に合わないことに気づき、ダッシュで海まで向かう。そして撮った二枚の写真。

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日本海は想像以上に穏やかだった。そして想像以上に綺麗だった。「荒海」は冬季限定というわけである。
蛇足だが、氷見市の海岸はアニメ『true tears』の海岸のモデルになっているらしい。確かに美しい海岸線だ。

母親はここで生まれ、そしてすぐに鹿児島に行ったわけだが、ともかくこの都市は自身のルーツたる場所なのだ。そういうところに機会を得てやっとこれた……

という感慨に浸る暇は全く無く、すぐにダッシュで氷見駅に戻る。

汗が尋常じゃないくらい噴き出し、息も絶え絶え。時間を確認し、駅員さんにスタンプのことを尋ねたが、「この電車ねーあと1分で出ちゃうんですよー」と。うん知ってる。スタンプはあきらめて、折り返しの電車に乗り込んだ。

わざわざ普通列車を乗り継いで、太平洋から日本海まで横断して、この快晴の北陸の一都市で時間に追われてがむしゃらに走っているという、全く意味不明な状況。
この旅行をのちのち振り返ったとき、おそらくこの時のことが、一番感慨深く思い出されるのだろう。


ともかく、1時間くらい本来なら全然潰せるし、それ以上の時間をかけて氷見市を巡りたかったのだが、今日はそうもいかなかった。というのも富山市に戻ってしたいことが2つあったからである。


そのうちの1つは回転寿司を食べるということ。富山は海産物が豊富で、回転寿司レベルの寿司でさえ旨いらしいとチラッと聞いたことがあったので、駅前でタクシーに乗って運転手の人に聞いてみた。
おっちゃんと呼ぶべき彼は「えーどうですかね、このあたりで回転寿司ですか!?」と、存外困った様子。しかし富山のことを色々懇切丁寧に教えてくれた。話を聴いているだけで楽しい。人と話すというのは良いものだ。

回転寿司には無事にありつけた。そして話に違わず美味しかった。
ちなみに調子にのって、レジの女性に(けっこう好みのタイプだった)「富山はじめてなんですよ~」と話しかけたら「えっ!そうなんですか!」と。非常にどうでもよくて申し訳なかった…。

もう1つ、したかったこととはこれである。

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ゲーセン「アピナ」でプレーしたときにしか手に入らないマスコットキャラ「アピにゃん」。
東京からはどのアピナも微妙に遠く(一番近いのでも栃木か群馬か茨城)、ここでQMAをプレーする人にとっては憧れのアイテムであると言えよう(個人の主観です)。
富山市に来てちょっとググって見て初めて、ここにアピナがあるということを知ったのだった。思わぬところで憧れを果たしてしまった。

プレーは1クレだけ。紫宝魔龍→2落ち。

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富山駅→タクシーでアピナ→徒歩で回転寿司「祭ばやし」→富山ライトレールで富山駅へ、という行程。
アピナで1クレだけやって、祭りばやしで寿司をかき込む。実は、19時36分の電車を逃すと、もう次の電車がない。
今日のホテルを「かつて」に居たときに予約していたので、電車を逃すのはさすがにマズイ(別に富山で泊まっても良かったのではと今なら思うが)。

結果的には余裕を持って富山に戻ることができ、それから一両編成の電車に乗って高山に帰還。
ちなみに夜の猪谷には無数の蛾が群がっていて、卒倒する人はするだろうなという印象。
高山に戻ったときは23時を回っており、タクシーを拾って郊外のホテルまで移動。
このとき運転手のおじさんに、蛾が大量発生してて困るという話を聞いたのだった。

ホテルは山の中。露天風呂はやっぱり殺人的に気持ち良かった。

高山・氷見旅行 -2日目前半-

2日目。
かつてでお茶して、氷見に行ってダッシュして、富山でQMAをして高山に帰るという謎行程だった。

起床は5時30分、せっかくなので早朝散歩を敢行。

朝の町並み、人はまばら。うすもやがかかり涼しくて最高。
デジカメで風景の記録はとれても、この空気だけは絶対に持ち返るを得ず、が故に常に新鮮である。飽きることなし。



メモ書きがやたら古風なのがよく分からない、多分町並みが古風だから書き方も自然こうなったのかも。
メモに適してるってのもあるかもしれない。

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今、特に付記することもないので、その日のメモ書きをそのまま引用すれば事足りる。
それにしても、高山という都市の、それも早朝の空気というのは、それだけでかけがえのない財産なのだと感じたりした。大袈裟に思われるかもしれないが、ともあれそれが偽りのない印象である。

9:00チェックアウト。
10:00 「かつて」開店までまつため時間をつぶす。ぶらぶらあるく。飛彈招魂社に参る。宮川朝市を冷やかしているうちに、10:00。そういえばらんかコーヒー(※藍花珈琲店のこと)の向かいの店でソフトクリームを食った(はちみつ入り)。はちみつっぽくなく逆に良かった。まずアンテナショップに行き、コースターを見つけたので買い。店員の女性に話しかけられた。出身校モデルの神山高の空撮アングルが氷菓に出てテンション上がったとのこと。私も18きっぷで10時間かけて東京から来たこと、高山市がすごく良いところだというのを伝えた。「人とはなす」ってとっても良い事だと感じた。
(中略)小鳥屋という土産屋で、コースターを全種。「これもありますでな」といって、氷菓セットも勧められた。手提げがアニメアニメしてためらったが、それをかくしてくれる紙袋をくれた。ステキだ。若い女性とおばーちゃんと3人で笑った。



実に観光客に優しい町である。一人でふらっと出掛けることはあるけど、こんなに誰かと話すという経験はなかった。それが僕が高山市に惚れた数ある理由のうちのひとつでもある。

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偶然見つけたバグパイプ。意外と喫茶去かつての近くにあった。

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高山のファミマ。景観にあわせてこのような外観になっているのだろう。
こういうのがもっと増えて欲しい。

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宮川朝市。

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「古い町並」。


そして「かつて」。ドアをがらがらあけ、中へ。アイスコーヒー(夏期限定)かい。なぜか古いマッチ箱飾ってあり、ガラスもびみょうなモザイク仕様で、通行人とカオが合わないしくみ。実に凝っていて、しかもその凝り方がさりげない。
写真撮影は快くOKして下さった。



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ここでしばらく、このあとどうしようか考え、母親の生まれ故郷である氷見市へ行こうと思い立った。
本州から日本海を見るという経験がまだなかったので、それを一番の楽しみにして、高山駅から猪谷行きの電車に乗った。

高山・氷見旅行 ー1日目ー

3泊4日で旅行に行ってきた。
帰ってきてすぐに旅行のことを書こうとすると、これが案外書けないもので。旅行というのは結局、旅行前と旅行後の日常を1つの文脈に据えなければ、語り得ない類のものなのかもしれない。

とりあえず今回は、この旅を通じて大切だと感じたことだけを写真と一緒にスッパリ書いてしまいたいと思う。


・旅程
1日目:新宿→岐阜→高山
2日目:高山→氷見→富山→高山
3日目:高山→名古屋
4日目:名古屋→東京→新宿

青春18きっぷを使って、原則JRの普通列車を乗り継いで旅をした。
JRの普通列車を使わなかったのは、名鉄名古屋~犬山の往復のみ。帰りは新幹線でも良いと思っていたが、結局は東海道線を使って帰ってきた。

3泊4日という日程だったが、実質2日は移動に費やした。
特に初日は、5時30分に最初の電車に乗ってから高山駅に着くまでつごう10時間以上は電車に乗っていた。
移動するのも旅のうちではあるというのはもちろんその通りだが、それにしても18きっぷを使う場合は移動そのものもまた目的であると言い切れるくらいでないと厳しいように思われる。普通列車を移動手段としてだけ捉え、旅行先だけで非日常を楽しみたいのなら、このきっぷは使うべきではないかもしれない。僕自身はこういうことは大好きだが、それでもさすがに帰りの静岡では疲れを感じた。

初日はとにかく高山駅まで至らなければならなかったので、ダイヤ的な余裕がそれほどには無かった。
途中下車したのは岐阜駅だけ。ここでおりて、昼飯を摂り、岐阜城を観に行った。

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岐阜市は極めて鹿児島市に似ていた。
岐阜にいながら故郷のことをずっと考えているというのも、我ながら滑稽であり、もの寂しくもあった。


以下、メモ書きより抜粋。

16:15→19:42 岐阜→高山(高山本線)
となり高校生。白川口でおりる。毎朝通学?すごい。一期一会を感じた。半線(※単線)の為、停車時間長し。飛騨川に沿うていて素敵。トラス構造の橋梁が趣深い。19:00頃から突然夜に。日本列島の奥へ奥へ、くらやみと共にいく感覚や良し。音楽も聞かず本もよまず、しかし苦ではなかった。定刻に高山へつく。空気がすばらしく澄んでいた。スタンプもらおうとするも、亡し。



見知らぬ土地で、1時間以上かけて通学している高校生を見て、なぜかしらふと「この人に会うことはもう一生ないんだよなぁ」と考え、不思議な気持ちになった。高山本線の車両と車窓は、そういうありきたりな感傷に遠慮なしに浸らせてくれるくらいには、旅情に溢れていた。

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19時42分に高山駅に到着。意外と岐阜から高山までが一番長くぶっ続けで電車に乗っていた。
外はすっかり夜で、ここ最近大量発生しているらしい蛾が無数に駅前の街灯にたかっている。
僕は「へぇ、岐阜って蛾がいっぱいいるんだ」と素直に感じていたが、後日きいたところやっぱり異常発生しているみたいだ。

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近くの予約済みのホテルにチェックインした後、すぐに散歩を始めた。
この日は8月の1日ということで、「ついたち市」なるものが催されていた。その賑わいの中をひとしきり歩いた後、「古い街並」方面へ向かう。尤も「古い街並」以外の街並みも十分に古風で、すでにして僕は高山市に魅入ってしまっていた。


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そしてこの喫茶去かつて!
『氷菓』で入須先輩と奉太郎が会談するあの喫茶店である。さすがに感無量だった。

この「かつて」に限らず、高山の木造建築ではアサガオが育てられていた。昔アサガオが好きだったことをここにきて思い出す。


ホテルに帰り、露天風呂に入った。
夏の夜とはいえ高山は涼しく、湯に浸かりながら心地よい涼しい風を浴びてぼーっとしているときの幸せといったら、どう書いて良いのか分からないくらいである。
久しぶりに、生きててよかったなどと思えた。

海芝浦駅・国道駅探訪

「駅の出口が東芝の工場の門となっているため工場関係者しか出られない、JR東日本鶴見線にある駅は?」
スロ問らしいけど文字パネルで見たような記憶が…。
JRの駅なのに東芝関係者しか出られないとは面白い。

というわけで海芝浦駅へ行ってきた。
品川から京浜東北線で鶴見駅→鶴見線乗り換え。
所要時間は1時間20分くらい。

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なるほど、聞いていたとおり、確かに海だ。
ちなみに2枚目の斜張橋、「あれレインボーブリッジじゃね?あ、横浜ベイブリッジか!!」とか言ってはしゃいでたけど実際は「鶴見つばさ橋」という橋だそうで。恥ずかしい。よく見るとベイブリッジも奥手に写っているけれど。

「工場関係者しか出られない(=改札を切れない)」というが実際は東芝の敷地を利用した公園があるので、今は出られる(もちろん工場方面に進むことはできない)。

こんな場所で暮らしているとなかなか海を見る機会がない。
やはり自分の原風景が離島にあるせいなのだろうか、ときたまフラッと川や海や湖を見に出掛けたくなってしまう。

「たくさんの水を日常的に目にするのは、人間にとって大事な意味を持つ行為なのかもしれない。…しばらくのあいだ水を見ないでいると、自分が何かを少しずつ失い続けているような気持ちになる。」(村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』より)

海芝浦駅のあとは、戦前戦後の雰囲気を湛えているとの呼び声高い国道駅へ。

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なるほど、確かに…しかし駅を出て大通りに出るともはやそこは普通の都市の街並みが広がっていて、何ともいえない。
焼き鳥屋はおいしそうだったけれど。



鎌倉行進曲

5月10日。友達と鎌倉へ行ってきた。
個人的な目的は「備屋珈琲店」鎌倉本店でホットケーキを食すことだった。深夜に某サイトでこのホットケーキ画像が貼られて、それを見て居ても立ってもいられなくなってしまった。恵比寿にもあるからそこに行っても良かったのだけど…。せっかくなので鎌倉まで遠出することにしたのだった。

北鎌倉駅で下車した後、ひたすら県道21号(鎌倉街道)を歩いた。
最初に入った神社仏閣は、日本史でお馴染みの鎌倉五山第一位・建長寺。とは行っても五山制度がどういうものなのかはよく知らない。
境内を適当にぐるっと回った。

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そして建長寺のすぐ近くにある備屋珈琲店へ。
コーヒーは一杯735円だったか(セット価格になると安くなる)。レベル高い。
さすがにそれだけあって非常にレベルの高いコーヒーが出てきた。こういうコーヒーって2杯も3杯も飲めるものじゃないんだなぁと思う。
肝心のホットケーキは最高に美味しかった。また食べたい。恵比寿行こう。

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鎌倉方面に同じ道を下っていくと鶴岡八幡宮が左手側に見えてくる。おととしはここでぼんぼり団扇という1000円もする巨大な団扇を買った。そういえばどうやってあれを持って帰ったのか…。

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階段を上って、申し訳程度に手を合わせた後、絵馬を眺めていたら西又葵さんの絵馬を発見。
レベル高い。

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参道を下り鎌倉駅方面まで向かって、さてどうしようかと逡巡していたところ、車いすにのったスーツ姿のおじさんに声を掛けられた。
政治か宗教関係のアレかと思ったらそれですら無く、ひたすら意味のない質問と意味のない自慢話を繰り広げられ、興をそがれてしまった。そもそも何を言っているのか聞き取れなかった…。

江ノ電に乗るのも良いかと思ったが、ふらふら歩くことにした。
やがて佐助稲荷神社という鳥居と狐の置物がいっぱいある神社に着いた。

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帰りは蒲田に立ち寄って、餃子と炒飯を食べた。
歩き疲れて電車の中では爆睡してしまった。それくらい楽しかった。

天狗ドック

高尾山にオホモダチと登ってきた。
春休みだし、ということもあり、「自然」の空気を吸いたいということもあり、近くに住んでいるのだから1度くらいは登っておこうということもあり、登山を趣味にしたいなという思いも少しあって。

冬と春の境目みたいな気温で、服はどうしようか靴はどうしようか、いろいろ考えたが、迷ったところで選択肢が広いわけでもなかった。よっていつもの服装・いつもの靴・いつものバッグで行くことにした。
バッグにはガイドブックとしての『ヤマノススメ』と水、おにぎり、デジカメを入れておいた。


京王・高尾山口で降りて、少し歩くと登山口に。登りは1号路を選んだ。舗装されていて楽に登れる(はずだった)方の道である。
しかし歩いて5分も経たないうちに、思いの外キツイことに気付いた。高尾山とはいえやはり山は山だった。

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展望台でしばし休憩。

しばらく頑張って歩いてたら団子屋が見えた。
高尾山に登るにあたり、たとえ頂上に到達出来なくとも、団子だけは絶対に食べて帰ると決めていたのだ。
団子は炭火の周りを囲うようにして配置された、土俵の縁のような藁に刺されて焼かれていた。
ひとしきり登ってきて疲れたところに、この団子の甘さは身に沁みた。それなりの達成感も相まってより一層美味しさを感じられたのかもしれない(まだ頂上についてないけど)。

そこから頂上までは、さっきまでとは違ってだいぶ楽になり、樹齢ウン百年の杉とか薬王院とか見ながらゴールすることができた。


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頂上の食事処には『ヤマノススメ』のポスターが。
女の子だけのゆるふわアウトドア!という文句が今の僕達には虚しかった…。


頂上は陽気な雰囲気で暖かかったが、着いてからしばらくしたらもう汗が冷えて寒くなった。
下りは4号路→1号路→2号路→6号路(琵琶滝)というルートを選んだ。舗装が殆どされていない山道ルートである。

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写真ではよく分からないが、下はなかなか絶壁である。滑落したら軽く死ねるだろう。

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吊り橋。吊り橋を渡るのなんていつ以来だったろうか。

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謎の祠。

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琵琶滝。ここで滝に打たれて修行する人もいるらしい。


下りの山道はさすがにキツかった。足ガクガクだった。
こういう登山はいつ以来だろうか…中学生時代まで遡るだろうか。
当時は家族でよく登山をしたものだったが。

それにしても登山とは、今思うになんと自分好みの趣味だろう。

とても楽しかったので、つぎは御岳山か雲取山に登ってみたいと思う。

比翼連理の半世紀

祖父母が結婚50周年を迎え、親族で遊ぶことになった。
僕も猛烈に行きたかったので、それとなく旅費のことを親に仄めかしたら、気前よく出してくれた。
この上なき僥倖である。

さて意気揚々と羽田から鹿児島へ帰り、旅行当日まで本など読みながら時を過ごした。
今回は一泊二日で霧島という、たびたびこのブログにも登場する僕の大好きな観光地で遊ぶこととなっていた。
特に、都会で山に飢えた生活を送っている僕にとってしてみれば、霧島というチョイスはあまりにも絶妙である。山があり川があり温泉がありホテルがあり料理があり紅葉があり。

とあるテーマパークではカートを楽しんだ。
単なるゴーカートみたいなものを想像していたが、まったくそれは裏切られ、免許を持っていない僕がこんなのを運転しても大丈夫なのかと思えるような車を宛がわれた。

結局3回エンジンが止まり、2回スピンした。


ホテルは豪奢だった。
霧島というところでは硫黄のけむりがもくもくと至る所で噴出していて、その景色と硫黄の独特な匂いが良いのである。このホテルはその「真ん中」に位置しており、紅葉と硫黄の煙とが素晴らしい雰囲気を生み出していた。年取ったらこんな所に住みたいなぁとつくづく思う。

バルコニーに出れば霧島連山が間近に見え、淡い曇天の空と高地の寒さがくっきりと連山の威容を増していた。
僕は「芋の露連山影を正しうす」という飯田蛇笏の句を思い出した。
まさにこの景色の為にあるような句ではないか。(本当は違うけれど)


宴会は夜更けまで行われた。
僕はとにかく飯を食べることに夢中になっていて、何ら気の利いたことが出来なかったような気がする。
しかし、最後の最後で祖父の本音を聴くことが出来て、本当に良かったと思った。

主役たるじいちゃんばあちゃんは早々に床についたが、その息子たち(僕にとっては叔父)はまだ飲み足りなかったらしく、僕らもそれに乗じてカラオケに行ったりと、やりたい放題だった。

「楽しきことは良きことなり!」



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プロフィール

みかきもり

Author:みかきもり
みかきもり/翠凜/りぬす

「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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