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まどろみを詠む

「ひぐらしの鳴き声冷える黄昏に 夢の通ひ路西日にもえて」


ところで、夢の中に女の子が出てくるというのは反則であると僕は感じる。
日常では何にも感じていなかったのに、夢に出てきたとたんにその人が気になり始めるからである。
ある時急に好きになって、でもある時急にその感情を忘れていることに気付く。

今日夢に出てきたのは「氷菓」の千反田える嬢である。
「えるたそ~」という呼称で有名(?)だ。

というわけで、「えるたそ」を掛詞(という名のダジャレ)にして何か短歌を作ってみよう、と思った。

そのままでは難しいので分割する。
とりあえず「たそ」は「たそがれ」で行けそうだ。
では「える」は?

「得る」…としたら、何を得るだろうか…
この単語は著しく野暮ったい。気がする。何を得る?何かを得たとしてそれがうまく「黄昏」という若干使い古された感はあるけどそれなりに幻想的な単語に繋がるだろうか…?

と、閃く。「あえる」「きえる」「ほえる」「さえる」…「える」の前に一文字ひらがなをつけるだけで、一気に短歌向けの単語が出てきた。
何も「得る」に拘らなくても良いではないか。一気に風向きがこちらに向いてきた、
ここはやはりそのキャラクターの登場作品が「氷菓」なので、氷の菓子→「ひえる」、が良いのではないか。

というわけで「冷える黄昏」という一節が出来た。


やはり「夢で逢った」、というのは重要だ。
「夢で逢う」というのは何千年も前から今に至るまで使い古されてきた節である。
適当なテレビなどでこんなフレーズを用いた歌が流れてきたら「ああ、またこれか」と思うくらいありきたりだが、それほど「夢で逢う」というのは印象に残ることなのだろう。

夢、といえば、
「住の江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路(ぢ) 人目(ひとめ)よくらむ」
という百人一首の秀歌が思い浮かぶ。
もうひとつ夢にまつわる百人一首といえば、
「春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなくたたむ 名こそ惜しけれ」
が思い浮かぶ。僕は断然こっちのほうが好きだ。多分ベスト5には入る。しかし、

「夢の通ひ路」――

まさにぴったりなのだ。ここはぱくらせて、もとい、「本歌取り」させてもらおう。

あと考えることは二つ。
何が「冷える」のか、そして、「夢の通ひ路」がどうしたのか。

ここは「黄昏」という単語を最大限に活かしたい。視覚的イメージも抜群で用いやすく、日が暮れていく感覚が切なくて良い。

「冷える」という単語のコントラストとして、「燃える(萌える)」という単語を置いてみてはどうか?
黄昏、日、燃える…充分に縁語として使えるではないか。

日が暮れ泥む中、「夢の通ひ路」は夕日で真っ赤に燃え上がり…そんな夕日のように私の心も燃えています、おお、いかにもいかにも短歌的。しかもこの場合は「燃える」ばかりではなく「萌える」でも通用するのだ。

「西日にもえて」(平仮名であることが大切だ)
「西日にもえる」、だとなんか「はぁ」となってしまいそうなので「もえて」としよう。もえてどうなるのかはわからないが、ともかく流した方が叙情的で趣深い。

あとは「冷える」だけとなった。
何が冷えるのだろう?エアコンの冷気で部屋の空気が冷えて…うーん、違う。
もう夏が近い。雨ですら空気を冷やせない。何が冷えるというのか?こんな季節に…

またしても閃く。セミだ。セミの鳴き声だ。
このひらめきに陶酔した僕は「セミの鳴き声以外の一体何がこの夏を冷やせようか」くらいにまで思っていたかもしれない。

セミ。ミンミンゼミやクマゼミやニイニイゼミやアブラゼミはちょっと違う。野暮だ。
ツクツクボウシは夏的だし、日が暮れる頃に鳴く(離島に住んでいた頃はよく捕まえていたものだ)。ぴったしのように見えるが、文字数が多い。

ヒグラシ。ヒグラシしかない。
「日暮らし」だし、「黄昏」と密接に結びつく。

最初は語調も良いので「ヒグラシ冷える」にしようかなと思ったけれど、それだと冷えきったヒグラシの死体が連想されてしまうので、「ヒグラシの鳴き声冷える」にした。ワンクッション置くことで、ぴったり収まった。


「ひぐらしの鳴き声冷える黄昏に 夢の通ひ路西日にもえて」


まずまずといったところか。うーん、でもこれだと、「黄昏」のもつ「闇が近づいてくる」風景の印象と、最後の命の輝きのように強く光る「西日」とは、合わない気もするがなぁ…まあこんなものだろう。


ところで、僕は昼寝をしていたわけじゃないし、もちろんあたり一帯にヒグラシが鳴いている訳でもない。
つまりこの短歌に書かれているのはウソの事実である。

しかし、ウソの出来事や状況を織り交ぜることによって、その時の感情を再現し、昇華するという手法は普通にある(というかそれが殆どなのでは?と思うが)。例えば、

「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」

という有名な短歌がある。
「君」がその味を褒めたのはサラダではないし(カラアゲだったっけ)、ほめられた日は7月6日ではなかったのだが、そのカラアゲだかなんだかを何月何日かに褒められたときの気持ちというものが、れっきとして再現されている。

短歌における虚構が、そのときの感情を忠実にリアルに再現し、映し出す。奥が深いなぁ。
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漢検復習①

集輯(しゅうしゅう):いろいろ集めて編集すること「民話を集輯する」

禾黍(かしょ):アワ、キビ、イネ ※禾穂(かすい)

鴇色(ときいろ):なんかピンクっぽい色

聯亙(れんこう):長くつらなること「聯亙する銀嶺」(=連亘)

弄舌(ろうぜつ)

繭糸(けんし)→繭紬(けんちゅう)

蓑笠(さりゅう):みのがさじゃダメなの?

兜巾(ときん)

巽位(そんい):東南 QMAに出た。

舞妓(ぶぎ)

黍餅(きびもち)





比較①

cantō(歌う)の比較
羅:cantō cantās cantat cantāmus cantātis cantant
仏:chante chantes chante chantons chantez chantent
伊:canto canti canta cantiamo cantate cantano


sum(英語でいうbe)の比較
羅:sum es est sums estis sunt
仏:suis es est somme êtes sont
伊:sono sei è siamo siete sono


間違いがあったらすいません
どちらかというとフランス語の方がラテン語の影響を色濃く受けているようなイメージ

「翠星石」をラテン語訳

唐突になぜか、翠星石という名前をラテン語に訳してみたくなった。

ドイツに生まれた翠星石の本名(?)はJade Sternである。
ドイツ語のことは当然詳しく知らないが、名詞を2つならべたものであるらしい。

本来なら、JadeとSternをそれぞれラテン語に置き換えればいい、のだが…

Jadeとは翡翠のことである。
英語にもドイツ語にも、同じスペルで同じ意味を表すJadeという単語が存在する(発音はもちろん違う)。

翡翠には硬玉(jadeite)と軟玉(nephrite)の2種類が存在する(両者の科学的組成は全く異なっているらしい)が、ここではやはり前者の硬玉であろう。

そしてここで致命的な壁が行く手を阻む。
どうやら翡翠は古代ラテン世界には存在していなかったようなのである。
翡翠はもともと東方の宝石である。
古代ラテン世界に存在しない以上、当然それを指し示す単語もありはしない。

ここでふと、「では翠星石が生まれた当時に翡翠はドイツに伝来していたのだろうか?」という疑問が一瞬浮かんだが、Jadeというドイツ語の単語が存在している限りその当時には既にあったのだと考えるのが自然だろう。


ところでJadeは翡翠だとわかったが、Sternとは何であろうか?
僕は以前Stoneと似ているのでSternは石を表すドイツ語だと思っていた。
しかし実際ちゃんと調べてみるとSternは星(英:star、伊:stella)を示す単語であった。
ちなみにドイツ語で石はSteinというらしい。なんと紛らわしい。

こうなるとJade Sternは「翠の星」とでも訳せるのだが、果たして翠星石の「石」とは何を示しているのだろう?
なぜこの点に今まで疑問を抱かなかったのか不思議である。
ただ、意味は分からずとも、この独特な風合いの名前が僕は好きだ。


いずれにせよ、翡翠が無い以上はそれを「緑の石」とでも置き換えてLapis(石)Viridis(緑の)とし、
Stēlla Lapidis Viridis(緑の石の星)とでも訳そうかとも考えたが、やはり「緑」と「翠」では―――あくまで僕自身の言葉に対する感覚だけれども―――天と地ほどの違いがある(単純にそれらがそれぞれ指す色も違うし、翠という単語に含まれる透明感が緑という単語には無い)し、したがってその訳では翠星石とはならないであろう…というのが結論。

ちなみにwikipediaによると、「翠は本来、カワセミの羽根の色をさす」そうだ。
僕も何度かカワセミを生で見たことがあるが、あれは本当に美しい鳥だ。
カワセミの羽根の色は藍緑色、つまりアクアマリンである。
ちなみに宝石としてのアクアマリンを調べていたら「青色のベリル」とか出てきてちょっとワロタ
この名前もラテン語由来みたいなので、本当はアクアマリーネとでも発音するのだろうけれども。

それはさておき、もしかしたら近代ラテン語辞書なるものがあって、それにはきっと「翡翠」にもちゃんと何かしらのラテン語の単語が当てられているかもしれない。しかし、なんとなく近代ラテン語って、…うーんって感じが、ね。


しかし、日本語を他の言語に訳すという行為は、他の言語についての造詣が深くなければならないのは言うまでもないが、日本語に対する深い理解も大きく必要となってくるということもまた、改めて認識することが出来た。


ちなみに今回はこのサイトに大きくお世話になった。
http://en.wiktionary.org/wiki/Wiktionary:Main_Page
ラテン語の単語をぶち込んだだけでそれの性数格まで出てくるし、ラテン語に限らずドイツ語や英語、イタリア語などを網羅していてすごく感動してしまった。
ちなみに日本語版もあるがこれは語源の項目もないし、内容もあまり充実していないように見える。英語版おすすめ。

Forsan et haec olim meminisse iuvabit.
「いつかこれらのことを思い出すことも、喜びとなるだろう」

プエッラ

ついに大学が始まった。
バイトも並行して始まっているので、一気に日常が目まぐるしく動き出した。
疲れているのは否めないが、充実した生活が送れているのが嬉しい。


ラテン語の授業があった。

ラテン語は周知の通り難しい、というより面倒臭い言語である。と思う。
名詞の格変化だけで6種類ある。動詞もぐちゃぐちゃに変化する。

しかしラテン語の初歩の初歩を学び始めて一番びっくりしたのは、ラテン語は基本的に語順が自由だと言うことである。
一般には動詞が最後に来るというのが、日本語っぽいと言えなくもない。

ということはmemento mori(死を記憶せよ)というのは本来はmori mementoの方が基本形なのかな?と思ったりした(mementoが動詞なので)。

イタリア語もそれなりに面白かったが、ラテン語の持つ魅力というのが自分の中では別格になりつつある。
この先どうなるかはわからない、あまりの難しさに投げ出してしまうかもしれない…が、勉強を続けていきたいと今のところは思っている。


言語にはそれぞれの難しさや易しさがあるということもわかった。
イタリア語の名詞には性別があり、語尾そのものが変化する。形容詞まで変化する。だが日本人でも簡単に発音出来るし、発音は綴り通りだ。
英語は語順がしっかりしているし、綴りだけでは正確な発音がわからないが、性別とか格変化などの煩わしさはない。
ラテン語はぐちゃぐちゃに変化しまくるが語順はきわめて自由だ。

…といっても上の3語はいずれもラテン語の系列だけど…


それと、ラテン語を学ぶ上では本来はギリシャ語も並行して学んでいった方が理解が深まるのかな?とも思う。
ラテン語を教えてくださる先生はギリシャ語の先生でもある。ゆえに両語の対応を頻繁に説明される。
ただしギリシャ語の授業はバイトの都合上取れなかった(大学生の本業は授業であるはずなのにね)ので、多分来年とることになろうかと思う。
いざとなれば教えてくれる人もいるからね!

それにしても自分は英語に対しては未だに苦手意識を抱いているし、語学の才能はないと自負しているのだが、ネット・現実含めて周りには語学に精通した人がいっぱい居たりする。
そんななか授業の殆どが語学関係というのは、ある種の運命なのかなと感じている。


ラテン語の授業の際に、先生が「いちいちググってたら話にならない、使う知識は覚えて、いつでもすぐに引っ張り出せるようにしとかないとダメですよ」とおっしゃった。
バイトでなかなか料理が覚えられない今の自分にはより響く言葉だったが、自分が以前言いたかったことはこういうことなのだと思う。
グーグルで人間はより知の集結に向かうと言われているが、頭が良くなるのはグーグルの方で、当の人間は逆に馬鹿になっていくのではないだろうか。
英文を読む際に、「I」とはどういう意味かとか、「am」とはどういう意味かとか一々調べていたら話にならないということだ。(
(まぁ「am」がどういう意味を持つかという話題はそれなりに深い気もするが…)

調べるのは最小限に留めておかなければならない。
頼っていてはダメだ、自分の支配下に置かなければ。



そんなわけで、ラテン語は本来の勉強の楽しさを教えてくれそうだ。

勉強が受験勉強に気づかぬうちに転化され、嫌いなものを好きだと思い込み続けた結果の歪みで何度も同じ過ちを繰り返した。
本当に好きだった勉強を大学で取り戻すこと。それが大学で学ぶうえでの目標の一つであった。
そしてラテン語はその端緒を開いてくれそうな気がしている。



プロフィール

みかきもり

Author:みかきもり
みかきもり/翠凜/りぬす

「本当の優しさ」「自分を好きになる」

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